本の感想:彼が通る不思議なコースを私も

彼が通る不思議なコースを私も
白石一文(著)

彼が通る不思議なコースを私も

生きていくために必要なことは「自分を好きでいること」である。作中の「彼」である<椿林太郎>の言葉だ。

主人公の霧子が、友人の彼氏の飛び降り自殺の場面に出会う。
現場近くにいた死神のような雰囲気の不審な男性。その男性に霧子は合コンの席で再度出会ってしまうのだ。
その「彼」こそは、霧子の運命の人となる<椿林太郎>だ。

自己肯定感という言葉が教育にはある。
「自分を肯定できることが生きていく前提である」ということだ。

自分を嫌いになってしまっては、生きていくのは辛い。世の中で生活している人の中には自己肯定感が乏しい人も多い。どれだけ多いか。日本の自殺件数は、戦争をしている地域よりも多いという事実をご存知だろうか。

<椿林太郎>は、生徒一人一人に対する愛情のあまり、行き過ぎた教育をしてしまい、勤めている学校を去ることになる。主人公の霧子が<椿林太郎>と結婚するのは、そんなタイミングだ。
<椿林太郎>が持つ教育に対しての「思い」というものが霧子を再三惑わせる。読んでいるこちらも<椿林太郎>に振り回されている、と言ったらいいだろうか。

勤め先を辞めた後、<椿林太郎>は独自の学校を立ち上げる。
心に傷を持つ子や発達障がい児を受け入れる「椿体育教室」なる学校だ。
「時間」というものを語る場面がある。
年齢が同じだからといって同じ教室に座らせて行う授業を<椿林太郎>は否定する。
一人一人に違う時間が流れているのだ、と。

白石一文という作家は、いつもストレートな言葉で生と死を表現してくれる。
いつだったか、彼はこんな類のことを手書きの文章で本に書いていた。

「ただ面白いだけの小説は必要ありません。生きるとは何か考えさせてくれるのが本当の小説です」

と。
その言葉は、この小説でも生きている。

彼(椿林太郎)が通る不思議なコースをわたしも歩いてみたくなる。

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