本の記憶:目を背けるものの中にこそ真実の姿がある

「目を背けるものの中にこそ、真実の姿がある」
以前読んだ本の帯に書いてあった言葉を今読んでいる本から思い出した。
「目を背けるものの中にこそ、真実の姿がある」
今にも倒れそうに歩いている老人とか、臭い匂いを撒き散らし食べ物を探しているホームレスとか、汚い言葉で親に叱られている子どもとか。
その横を自転車に乗った中学生が誰かと会話しながら通りすぎる。カーステレオの音楽を自慢げに流しながら高級車が走って行く。
現実はどっちか?


今日読んだ本の一節にこんな文章があった。

私は、現代の子どもたちが暮らす社会、ものにあふれた社会は、「非現実」の存在だと考えています。私が思う「現実」とは、まずしい国で生きている人々や、日本やアメリカであっても、住む家がない人や、やっとのことで一日を生き抜いている人々の生活です。

子供にマネーゲームを教えてはいけない /キャシー・松井
豊かで物にあふれた一見幸せに見える社会は「非現実」だと断じ、親であればどちらをまず子どもに見せるべきかと問う。
かつての日本も発展途上国だったという事実を忘れてはいけない。
裕福になった国はかつての貧しかった頃の記憶を波が引いていくように奪い去っていく。
しかし、夢はいつか醒める。
別の本、別の一節同士が絡み合っていくことがある。
それぞれの文章や使われている言葉は全く違う。しかし、自分がそこから受け取ったものは時と場所が違えど同じであるという瞬間は、人生の中で絶えずやってきている。
それは本でも人でも同じだ。
わたしたちは絶えず波打ち際にさらされている。
思い出した本の帯の言葉である「本」とは、白石一文の『僕の中の壊れていない部分』だった。
僕のなかの壊れていない部分
わたしには世の中がよく分からない。
分からないからこそ「世の中はどうなっているのだ」と常に自分自身に問う生き方をしている気がする。

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