本の感想:異次元篇 次元を駈ける恋/潮の匂い

面白かった本(その他)

ライトノベル風パッケージの絵柄読んでみた時の中身とのギャップに驚いた。

本書は2019年に初版が発行されていたので、わたしはてっきり最近のライトノベルで人気の異世界シリーズのような短編集を予想していたのだが、見事に裏切られた。
本書は、初期の日本SF作品の中からショートショート・短編を集めたシリーズの異次元篇である。

作品と顔ぶれは豪華。掲載順にまとめるとこうなる。

作品名著者名発表年
次元を駆ける恋平井和正昭和40年(1965年)
ケンの行った昏い国今日泊亜蘭昭和45年(1970年)
潮の匂い眉村卓昭和53年(1978年)
母子像筒井康隆昭和44年(1969年)
殉教星新一昭和33年(1958年)

最後の星新一に至っては昭和33年である。わたしも生まれていない。しかししかしだ、60年程後の2020年に読んでもあら不思議。どの作品もすんなりと入ってくる。それだけ普遍的な内容がこのSF短編集には書いてあるということなんだろう。5編とも語り口が全く古びていない。作者達の力量に感謝するしかない。

「次元を駆(か)ける恋」/平井和正

最愛の恋人を失った主人公が次元転移能力を持つようになり、恋人が生きている世界を求めて多元宇宙(パラレルワールドのようなものか)を彷徨う話。なんとかして恋人が生きていた世界を取り戻そうとあがく主人公の行動が悲しく、胸に迫ってくる作品だ。タイムトラベル要素もあり、広島原爆も物語にかかわってくるのは時代背景だろうか。自分だったらどの時点に次元移動するだろうか?と考えさせられる作品だ。

「ケンの行った昏(くら)い国」/今日泊亜蘭

ショートショート。べらんめぇな語り口調の文章から一人のヤクザが主人公だとすぐに分かる世界観。今日泊亜蘭(きょうどまりあらん)という著者名も凄いが、本書のあとがきを読んでもっと凄い人だとびっくり。(現代日本のSFに多大な影響を与えた人です)最後に読者をつき落とすショートショートならではの展開が楽しめる作品。物語の終盤に近づくにつれて「もしかして、この主人公は…」と読者に気づかせる工夫が素晴らしい。

「潮(うしお)の匂い」/眉村卓

わたしが高校時代に大好きだった眉村卓氏の作品。氏の「ねらわれた学園」などは大好きでした。「ねらわれた学園」は、高校生が主人公だったが、「潮の匂い」の主人公は、冴えない中年サラリーマン。サイクリングに出かけた先で少年時代にタイムスリップしてしまう。よくよく考えると眉村卓の作品は異世界ものが多い。奇妙な設定なのに主人公は平然と構えているような世界観が眉村卓といった感じ。

「母子像」/筒井康隆

大人しい方の筒井康隆作品。(要するにスピード感があってドタバタしたコメディー調の話ではないということ)赤ん坊のために《シンバルを叩く猿のおもちゃ》を買ってきた主人公が遭遇する異世界恐怖話。赤ん坊とその子を抱く奥様が異世界に引きずり込まれてしまいそうになるのですが、なんとか戻ってきます。しかし、戻ってきた結末に…じっくりと怖さがにじみ出てきます

「殉教(じゅんきょう)」/星新一

ショートショートで有名な星新一作品。本作が星新一の3作目にあたる作品、とあとがきにあった。これが3作目?!と唸らずにはいられない凄いテーマを扱った作品。人間がなぜ生きているのかと言われたら「死ぬのが怖いから」という答えが1つ。ではその「死ぬのが怖いから」をぬぐい去ったらどうなるか?を描いた実験的な作品。この短い文章の中で「生きるとは?」を考えさせてくれるとは、やはり星新一は天才です。

あとがきとしての『編者解説』も面白い

本書にのせる作品を選定した日下くさか三蔵氏の『編者解説』も読むに値する。収録された5編の時代背景や著者略歴、同じ著者のその他の作品の魅力がこれでもかと紹介されている。驚いたのは、2篇目の「ケンの行った昏い国」は、漫画週刊誌である『少年チャンピオン』に掲載された小説だということ。現在ではほぼマンガしか載っていない少年ジャンプなどの漫画週刊誌には、当時は小説のコーナーがあったのだ。これは驚きである。「ケンの行った昏い国」の解説の中で日下氏が大傑作と紹介していた同じ今日泊亜蘭きょうどまりあらん氏の長編SF「光の塔」はぜひとも読んでみたくなった。

追記

本書はAmazonで買おうとすると中古本しか表示されない。しかも評価も何もなし。Amazonの評価に書くつもりはないので、ここで言わせてもらおう。
本書の評価は星5つ★★★★★。評価はこの記事に書いた通り。

追記の追記

この記事を投稿した翌日、出版元の汐文社さんから本記事へのお礼Twitterを頂いた。新刊売っていましたね。上記追記訂正しておきます。

以下参照。

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