ベーシックインカム
井上真偽(著)
はじめに断っておくと、本書はベーシックインカム論ではなくミステリー短編集である。
わたしは本書を、ベーシックインカムについて多少は知っておくかぐらいの気持ちで手にしたのだったが、いい意味で裏切られた。
そのような訳で、正確に本書『ベーシックインカム』を紹介するなら、近未来を舞台にしたミステリー仕立ての短編集ということになる。
全5話の短編から成り立つが、第1話から4話目まで現代の先進技術あるいは現在実現しつつある先進技術を扱っている。本書は短編集なので、読者に少しでもそうした先進技術に興味があれば、あっと言う間に読んでしまえるはず。
第1話 | 「言の葉の子ら」 | AIロボット |
第2話 | 「存在しないゼロ」 | 遺伝子組み換え技術 |
第3話 | 「もう一度、君と」 | VR(バーチャルリアリティー)技術 |
第4話 | 「目に見えない愛情」 | 人工視覚による人間強化技術 |
第5話 | 「ベーシックインカム」 | 現在実験段階の国民受給政策 |
近い将来起こりうるであろう事柄をミステリー仕立てで読ませる作者の筆致が素晴らしい。著者の井上真偽という人は未来人か何かなのではないかと勘繰りたくなる。近い将来といったが、中には本当に1年後あるいは数か月後くらい先の未来に実現されるような技術も扱っているだけに現実感がひとしおだ。上に挙げた技術に少しでも興味のある人や新しいもの好きの人は、本書を読んでニヤリとさせられるに違いない。
本書を読むなら最終5話目の表題作「ベーシックインカム」を一番最後に読むことをお薦めする。きっとラストの仕掛けには、はっとさせられるはずだ。本短編集のまとめにもなっている表題作「ベーシックインカム」。全5話の中で一番ミステリーが効いているのもこの第5話目だろう。
本書を読み終えて、ノンフィクション小説に近い印象を持った。
通常ノンフィクション小説であれば問題提起をして解決策を提示という流れになる。しかし、本書はミステリー小説。しかも短編集である。新しい技術や考え方に対して、人間がどう行動し考えるようになるかを色々な角度から検証しているような実験的小説が本書かもしれない。
この短編集を読んで、新しい技術や制度に直面しても、人類が抱える問題や悩みは昔とさして変わらないことを改めて認識した。
全体を通じてさわやかな印象が残るのは、主人公たちが、新しい技術や制度に関わらず、より良い人生を歩もうとしているからかもしれない。どの短編も最後に一筋の光が見える。
最終話「ベーシックインカム」の主人公「私」が考えたように、人類が作る未来に対して、わたし自身もより良い未来が来ることを信じたい。
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