わたしはデジタルデータを信用していないので、大切なことは紙に書いて残しておくことがベストだと思っている。
メールアドレス、Amazon、各種SNSのウェブサービスへのログインIDやパスワード、便利になればなるほどこうしたログインに必要なIDとパスワードは増えるばかりだ。
わたしはこうした情報は全部紙に書くことにしている。当然この紙を盗まれてしまったり失くしてしまえば一貫の終わりだが、その時はその時、諦めよう。
デジタルデータは機械を通さないと中身を確認できないという欠点がある。かつて、大切に記録しておいた8ミリのビデオテープだって見れる機械が無くなってしまえばどうしようもない。紙に書いた場合、何百年後かにはかすれて見えなくなってしまうかもしれないが、自分が生きている間ぐらいは見ることが出来る。デジタルデータの場合、じょじょに消えてなくなる、ということは無い。消える時は、一瞬だ。ある日突然パソコンのデータが読み取れなくなることなんて日常茶飯事だ。だからデジタルデータは信用できない。
このブログだって、紙に書いているわけではない。
ただのデジタルデータなわけで、今日は過去の記事を全部見ることが出来るが、明日はプログラムが動作しなくなって、あるいはサーバが壊れてしまって何も見れなくなっているかもしれない。そう考えるとさっき見たサイトや誰かのつぶやきも非常に儚いものに見えてくる。
明日も今日と同じようにそれを見ることが出来る、という幻想の上にネット社会もあるのだ。
コメント