鬼ごっこ

ショートショート鬼ごっこ 長崎瞬哉(詩人)
『鬼ごっこ』/長崎瞬哉

また鬼になってしまった。
ヒロシは少しうんざりしていた。昼休みのほんの数十分とはいえ鬼ごっこの鬼になってしまったのだった。ヒロシはどちらかと言えば友達づき合いの悪い方ではない。当然、クラスメイトに鬼ごっこしようと言われれば素直に参加する。しかしヒロシの足は遅かった。最初は鬼でなかったとしても、すぐに鬼に捕まってしまうのだ。だから今ヒロシは、鬼役となって友達を追いかけ回している。

このメンバーだと少なくともヨウコちゃんはヒロシ並みに足が遅い。きっと女の子の中では遅い方ではないだろうが、鬼ごっこのメンバーの中ではヒロシと同じくらいの足の速さだ。だからヒロシは最初のターゲットをヨウコちゃんに定めた。
ヨウコちゃんは「キャー」と声をあげヒロシから遠ざかっていく。以外に速い。ヒロシは少し気落ちした。運動会のかけっこでいつもビリ欠なわけだ。ヒロシは心の中でいっその事自分が本物の鬼だったらどんな気分だろうとちょっとだけ考えた。急にヒロシの足が速くなった気がした。実際速くなっているのかもしれなかった。なぜだろう、いつもならすぐには縮まらない距離が今日はどんどん縮まってくる。どんどん、どんどん近づく。
追いかけられているヨウコちゃんの足が突然止まった。
止まったと言うよりヨウコちゃんの様子が変だ。何かに魅入られたように目を見開いてヒロシの方を見ている。遠くで「先生!先生!」と声がしている。
ヒロシはヨウコちゃんに「えっ、なに?どうしたの?」と言ったつもりだった。
でもヒロシから出た声は違っていた。
「えっへ、腹減った!どいつもこいつも食っちまうぞ!」
ヒロシは自分の目線がいつもより高いことに気づいた。小さい頃お父さんに肩車してもらったときこんな感じの目線だったなあ、と思った。
「先生じゃだめだ!警察を呼べ!」また近くで声がした。
「怪物だ!怪物が出た!」
校庭には、ヒロシの服と靴がバラバラになって落ちていた。
そして、校庭の中央には大きな赤い手でつま楊枝でも扱うかのようにヨウコちゃんの頭を持ち上げようとしている鬼が突っ立っていた。
鬼ごっこはすでに終わっていた。

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