短編:教室ロケット

「教室ロケット」/長崎瞬哉

ある日、ぼくの投げたバスケットボールがミツオ君の顔に当たった。鼻血こそ出なかったが、ミツオ君は痛そうだった。ミツオ君は、ぼくより体が大きくてがっしりとしている。でも、スポーツは苦手だ。
ぼくのクラスの男子は、自分の持ち物をじまんしたがる。ぼくも新しいペンケースを買ってもらったときに、みんなにじまんしたことがある。

ミツオ君がぼくにじまんしたのは、青い色したロケットだ。ロケットといってもおもちゃじゃなくて、消しゴムのロケットだ。ぼくもスポーツカーの消しゴムを持っている。赤い色したスポーツカー。この前、いつも使っている消しゴムのかわりに赤いスポーツカーで消そうとしたら、消したところがよけいに黒くなってしまった。使えない消しゴムだ。
ミツオ君は、ぼくに青いロケット消しを見せびらかしながらこう言った。
「このロケット消しって、よく消せるんだぜー」
ぼくは「へぇー」と言っただけだったけれど、心の中ではうらやましかった。ミツオ君は青いロケット消しを教室の机に立てて、ロケットはっしゃの合図をした。
「3・2・1・ゼロォーーー」
ミツオ君の手にした青いロケットは、教室をとびまわってぼくの目の前を通りすぎ、またミツオ君のペンケースにすいこまれていった。
「こんどかしてやるよ」ミツオ君は、ぼくにいった。

キーン。コーン。カーン。コォーーン。
お昼休みのおわりとつげるチャイムがなった。つぎの日のお昼休み、ミツオ君はぼくに青いロケット消しをかしてくれた。
「おまえだけだからな」
ぼくは、青いロケット消しを手にもってグイーーンと飛ばすふりをした。ぼくは、うれしい気持ちと同時に青いロケット消しがほしくなっていた。ミツオ君には悪いが、ぼくは自分のペンケースに入っている青いロケット消しを想像した。このとき、ぼくはミツオ君の青いロケット消しが、自分のペンケースに本当に入ることになるとは、思いもしなかった。

その日は、朝からいい天気だった。お昼休みにみんなでドッジボールをしたら体から汗がふきでてきて、まるで夏みたいだった。ミツオ君とぼくは大きな声で「アイスたべてー」ってさけんだんだ。
帰りのホームルーム。あんなにいい天気だった空が急に暗くなってきて、大つぶの雨がふってきた。朝、かあさんから口うるさく言われ、めんどうくさがってかさを持ってこなかったぼくは、空を見上げて後かいした。ミツオ君は、かさをさしてゆうゆうと帰っていった。ぼくは下駄箱までクソッと言いながら駆けていった。

下駄箱にたどりつくなり、ぼくは思い出した。ランドセルになわとびを入れ忘れたことを。
明日は土よう日。ぼくは昼休みにミツオ君と明日のやくそくをしていた。なわとびで、勝負するのだ。ミツオ君たら、一度も二重とびができないくせに「おれ、三回はできるぜ」とぼくに言った。ぼくはも負けじと「四回はできるかな」と言った。ほんとは、二回しかできないけれど。つまらない意地のはりあいのため、ぼくは教室にむかった。

教室にはだれもいなかった。ぼくは、机にかけておいたなわとびに手をかけた。ミツオ君の席は、ぼくの一つ前にある。ふと、それが目にとまった。
ミツオ君の机の下、ちょうど椅子の下ぐらいにあの青いロケット消しが落ちていたんだ。
いちどだけさわったことがある。僕は右手になわとびを持った手で、左手には青いロケット消しを手にしていた。なぜか、ドキドキしている。どうしよう、と考えている。

「ミツオ君の机にもどせば」

ぼくのあたまのちょっと上の方から声がきこえる。少しして、別な声がきこえた。

「だれもみてないよ」

ミツオ君はもう帰ってしまった。
教室には、ぼくだけ。だれもいない。
ぼくひとり。ぼくひとり。ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ・・・

「ちょっとだけなら、いいよね」

さっきより、大きな声がした。

寝る前にぼくはペンケースに入っている青いロケット消しで、少しだけあそんだ。
その夜、ぼくはなかなか寝つけなかった。
ミツオ君となわとびを引っぱりあう夢をみた。なわとびをひっぱればひっぱるほど、ぼくとミツオ君はどんどん離れていってしまう。
次の日のなわとび勝負は、ぼくの三勝0敗。ミツオ君は、一度も二重とびができなかった。

「おちこむよなあ」ミツオ君は言った。
「にじゅうとびもだけどさあ、ロケットもどっかとんでいっちゃったんだ」
ぼくは、「ふうん」とだけ言った。

月よう日の朝、ぼくは早起きした。右手にはなわとびを持って、左手には青い・・・。
誰よりも早く学校に行く。
めざすは、ミツオ君の机。

ぼくはロケットのように駆けだしていた。
ぼくは走る。
走りながらぼくは、ミツオ君にあやまろうかどうか、まだ考えている。

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