ショートショート『さっちゃん』

長崎瞬哉(詩人)

さっちゃん

小学生のとき、特殊学級というクラスがあった。
特殊学級のクラスでは、4,5人の生徒が学んでいて、僕たちとは違う授業をしていた。
ひどい言い方だとは思うが、その当時の僕らは特殊学級の生徒たちを「ちえおくれ」と呼んでいた。

特殊学級の生徒たちは、授業中に立ち上がってどこかに行ってしまうことは日常茶飯事で、大声を出したり手をたたいたりと、それはそれは賑やかなクラスだった。

そんなクラスにさっちゃんという女の子がいた。
僕が見た中では、特殊学級の中でさっちゃんが一番印象に残っている。
さっちゃんの得意技は、奇声を発しながら廊下を走り回る事だった。最初にさっちゃんを見たとき、僕は動物園で見たチンパンジーを思い出した。
先生が、「やめなさい!」と言って追いかけてくるのが、さっちゃんには楽しいらしく、笑いながらものすごい速さで廊下中を走り回っては叱られていた。

今考えると、さっちゃんには、すべて「遊び」だったように思う。
授業中も休み時間も、さっちゃんにとってすべては遊びの時間だった。

さっちゃんが最上級生の6年生になったとき、その事件は起きた。
廊下のみんなの見ている前で、いきなりズボンを下ろししゃがみこんだまま、さっちゃんはおしっこをはじめた。
予想外のさっちゃんの行動に、僕はあっけに取られて見ているだけだった。
すぐに気づいた生徒が先生を呼びに行った。

先生が到着したとき、さっちゃんはまだおしっこをしていた。そして笑っていた。
やはりさっちゃんにとって、おしっこも遊びの一つだったのだ。
その時のさっちゃんのおしっこ時間は、異様なくらい長くて、廊下はバケツをひっくり返したように水浸しになっていた。
僕は、放課後の掃除当番表を目で追った。
「廊下」の係欄に自分の名前が無いのを見て、僕は少しほっとしたのを憶えている。

大人になった僕は、時々さっちゃんのことを思い出す。
それは、さっちゃんみたいに生きられたらいいなあ、という羨望にも似た気持ちだ。

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