たいした技術はなくても、世界中の人が楽しめるゲームを作ることが出来るはず

わたしは現在「ゲーム制作」というコンピュータの授業を担当している。
この授業を行う上で、わたしはある仮説を立てた。
「たいした技術はなくとも、世界中の人が楽しめるゲームを作ることができるはず」
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【写真/2011年4月24日 インベーダーゲームに毛の生えたゲームのタイトル画面】


コンピュータゲームを作ったことはあるが、そのゲームで世界中の人を楽しませたことはない。
「ゲーム」の定義だが、勝ち負けがつけば「ゲーム」と言える。トランプのようなカードゲームでもいいし、じゃんけんのようなゲームでもいいと思っている。
ただし、わたしの授業においてはコンピュータの知識も合わせて身につける必要がある為、コンピュータを使ってゲームを作る、ということに限定している。
いつかコンンピュータの枠にとらわれず、色々なゲームを作る授業をしてみたい。
そして、そのゲームを世に送り出したい。

この「たいした技術はなくとも、世界中の人が楽しめるゲームを作ることができるはず」という仮説を立てた理由は、わたし自身にゲーム制作技術がないと思うからだ。わたしは、ゲーム制作技術はないが、ゲームを作っている間、かなり楽しんでいる。
孔子の言葉に、
「子曰く、之れを知る者は、之れを好む者に如かず。之れを好む者は、之れを楽しむ者に如かず」
というものがある。
ある物事について、それを知っている者は、それを好む者には及ばない。
しかし、それを好む者も、それを楽しむ者には及ばない

といった意味である。
わたしもゲームを作ることを楽しんでいる以上、何か成せるのではないかと楽観的にではあるが、信じている。
今までに作ったゲームで自分自身面白かったと感じるものは、一つだけだ。
それは、あのスペースインベーダーに少し毛が生えたようなゲームだった。
「技術がない」「技術がない」となげいているだけでは進歩がないので、色々な知識や技術を身につけようと日々努力はしている。しかし、わたしはもともと要領が悪いほうなので、ゲームの制作にとりかかっても中々先には進まない。
先のインベーダーに毛が生えたようなゲームも、作り始めてから2年くらいかかっていたと思う。
要領の悪いわたしの良い点は、進捗が遅くてもいつまでも辞めない。それを諦めない点だ。
ゲームを作るときは、イメージを紙に鉛筆で描いたりするのだが、その絵を2回目にみるときは、描いてから半年後くらいだったりすることがある。そういった事は、よくある。そして、そこから続けて作業する。
たぶん、わたしの中ではそれが最速なのだと思う。
生きているうちは、この「たいした技術はなくとも、世界中の人が楽しめるゲームを作ることができるはず」の仮説が実現出来るようにと考え、行動している。

コメント

  1. SECRET: 0
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    身につまされる思いでございます。
    今、やっていることを、
    楽しみながら頑張ろうと思いました。
         AKIRA

  2. mrgarita より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    ありがとうございます。
    今やっていることを頑張るしかないです。
    このブログはお世話になった本や新聞への恩返しですが、自分自身へ向けた手紙にもなっている気がします。

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