起きてしまった過去は変えられないが、未来は変えられる 「原発のウソ」小出裕章(著)を読んで

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「被爆」とは、
私たちの身体を作っている分子結合の何万倍ものエネルギーの固まりが体内に飛び込んできて、遺伝情報を傷つけること。細胞分裂が活発な子どもたちが被爆すれば、損傷をうけた遺伝子もどんどん複製されてしまう。
原発のウソ (扶桑社新書)
原子力について、「そんなものより、人間の命や子どもたちの未来のほうがずっと大事」と切り捨てている。


著者小出裕章は、原子力の研究をし、その危険性を知ってからは、原子力エネルギーのメリットよりもデメリットの方が大きいという結論に達した人である。
原発が日本に3基しかなかった時代から、原発の危険性を訴えてきた人だ。
著者は冒頭、福島第一原発での一連の事故に対して、「自分が訴え続けてきたことが現実になってしまった。防げなかった自分にも責任がある」と言っている。
わたし自身は、この本を読んで原発についての知識を得たと同時に、これからどうしていくべきかを学ぶことが出来た。
評価したいのは、福島第一原発での事故に対して、単純に政府や東京電力の批判に終始せずに、これからどうしていくべきか、最善策を考えて提案している点だ。
著者の考えを整理すると、

1.福島第一原発の事故はまだ終わっていない。チェルノブイリと同じく、これからだ。
2.放射能が漏れ出たときは、風の向きによって汚染地域が決定する。
3.若い時期に被爆すれば、細胞分裂が活発なため、損傷を受けた遺伝子もどんどん複製される。
 だから子どもへの被爆は、最小限度に留めなければならない。
4.「放射能の墓場」を福島第一原発周辺に作るしかない。
 放射能で汚染された土などを、地方の自治体に受け入れさせても、放射能汚染をより一層広げてしまうから。
5.日本の原発をすべて止めても電力は、足りる。
 これまで、日本の水力発電と火力発電でまかなえる消費量になったことがないから。
6.原子力で電力を作る際にできる「核のゴミ」の処分方法は、確立されていない。
 現状では、何百年も閉じ込めておく方法かあるが、その間にまた放射能が漏れ出す危険性がる。
7.原発が動いている以上は、「核のゴミ」が増え続けていく。
 「核のゴミ」を処分するためには、またエネルギーが必要。
 放射能や処分に必要なエネルギーを減らすには、まずは原発をとめること。
8.わたしたちが出来ることは、まずはエネルギー消費を抑えること。

原発で電気を作る際にでる「核のゴミ」である「死の灰」は誰にも管理できない。
なぜなら、最後まで見届けるのに何百年もかかるから。その間に、国そのものも変わってしまう。
ところで、わたしも前から疑問に感じていた「なぜ首都圏で使う電力を、遠く離れた地方に原発を作って供給しているのか」という点に関しては明確に書いてあった。
原発事故が起きたとき、国そのものが破滅するほどの被害を被るから
政府も東京電力も、事故が起きた時の危険性は承知していたのだ。
だから遠くの地方に原発を作って、電気をつくらせ、首都圏まで電気を運ぶという非効率的なことをしていたのだ。
事故後、国は基準を変えた。
「安全を考えて」ではなく、「現実の汚染にあわせて」だ。
著者はこのことに触れ、「もう放射能による障害がでたとしても我慢してくれ」と言っているのだ、と論じている。
日本は原子力後進国であると本の後半に書いてある。
わたしは、スリーマイル島やチェルノブイリで起きた原子力事故の際に、ニュース等でアメリカやロシアの技術より日本の方が原子力技術もそこで働く人の質も優れている、というニュアンスの報道がされているのを見た記憶がある。わたしもそう思っていた。
しかし、日本は第2次世界大戦で負けて原子力研究を禁止された国。
研究を続ければ、原子力爆弾を作る可能性があるから。
これは、まさに今の北朝鮮にアメリカが訴えていることにそっくりだ。
研究を続けていれば、日本も単独で原発を作れた可能性もあったのだが、日本は原子力開発において明らかに他国に遅れをとった原子力後進国なのだ。
アメリカやフランスの原発を輸入し、三菱、東芝、日立などの企業が原発技術をコピーしていた国。
しかもそんな国が、自国で原発が売れなくなるとアジアなどに原発を輸出しようとしているのだ。
自国で原発事故の処理もできないような国の日本がだ。
お金が欲しいのか、安全が欲しいのか。
高速増殖炉と核燃料サイクル計画について
核分裂する「ウラン235」は、全体の0.7%しかない。その他99.3%の「ウラン235」は、「もえないウラン」と呼ばれている。
これをプルトニウムという物質に変化させ、利用する計画のことだ。
この計画は、1967年のすでに国の計画に盛り込まれていた。
しかし、45年たった今でもその実現の可能性の目処はたっていない。
当初の実現計画から伸びに伸びて、2050年実現の目標となっているとのことだ。
その間に起きた高速増殖炉「もんじゅ」での火災事故があった。
この計画がうまくいっていない為に、余ったプルトニウムを消費しなければならなくなり、その為の原発を大間原子力発電所を作った。
このように放射性物質の処理のため、新しい原発が作られている現状もある。
著者は精力的に原発の危険性を訴えている。
その時、その時の状況に応じて意見を述べているが、意見は40年前から一貫している。信頼したいと思う。

現在また、原発はいらない (幻冬舎ルネッサンス新書)を出しており、現在の福島の状況について書かれている。今後読んでみたいと思う本だ。
最終章「原子力に未来はない」より。

人工衛星から夜の地球を見てみると、日本は不夜城のごとく煌々と夜の闇に浮かび上がります。建物に入ろうとすれば自動ドアが開き、人々は、階段ではなくエスカレーターやエレベーターに群がります。冷房をきかせて、夏だというのに長袖のスーツで働きます。そして、電気をふんだんに投入して作られる野菜や果物が、季節感のなくなった食卓を彩ります

最後も氏の言葉で終わりたいと思います。
「いったい、私たちはどれほどのものに囲まれて生きれば幸せといえるのでしょうか」
わたしたちの責任は、これから起きるであろうことを想像し知ろうとすることにあると思います。
小出裕章さん。すばらしい本をありがとうございました。
追記:関連動画/小出裕章さんへの質問

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