本の感想:江戸川乱歩/緑衣の鬼

少年探偵江戸川乱歩全集〈34〉緑衣の鬼
江戸川乱歩(著)

少年探偵江戸川乱歩全集〈34〉緑衣の鬼

人間豹」に匹敵する作品だよ、と中学一年の息子が言っていたので読んでみた本。
江戸川乱歩の少年探偵シリーズでも異色の「人間豹」がどれくらい世の中で評価を得ているのかは分からないが、わが家ではかなり評価が高い作品なのだ。あの明智探偵が絶体絶命のピンチに会い事件も解決せずに終わる作品はそれほどないから。
わたしはいつもながら江戸川乱歩の考えることが可笑しくてしょうがない。この「可笑しい」というのはわたしからすると最大のほめ言葉だ。子供でも考えつかないような一見ばかばかしいことを真剣に物語として書いて昇華できるなんて素晴らしいと思うのだ。

ばかばかしいことを真剣に

例えばこんなくだり。
街を歩いていた女性がビルに映る巨大な影に驚いて倒れる場面。
ビルに映った巨大な手の影がすーっと降りてきて女性を握りつぶそうとする。しかもその影は一度消えてから今度は手にナイフを持った影となってまた女性を襲う。
そして女性はその影のナイフで突き刺され倒れてしまうのだ。
それを見ていた二人の少年。一人はそう、小林少年だ。
普通に考えると笑ってしまうような場面なのだが、どうしても表紙の絵をイメージしてしまうのだ。
物語の中にある種の「暗さ」が漂っている。

緑の魔人

巨大な影に驚いて倒れた女性。この女性が事件の重要な鍵を握っている。
最初の殺人はこの女性、絹川芳枝(きぬかわよしえ)の夫であり画家である笹本静夫(ささもとしずお)だ。
笹本氏は病気を患っており、その原因は緑の影だ。夜カーテン越しに男の影が現れいやな笑い声をあげて消える。
女中も影を見ており、逃げる姿は草のような緑色だったとのことだ。この影が時折現れては消えるため笹本氏は心臓の病気になってしまったのだ。
その笹本氏は、小林少年が訪ねる予定であった日の晩、緑の魔人に殺されてしまう。
笹本氏、芳枝、途中からあらわれる狂人夏目太郎。登場人物がすべて怪しく感じられる。真犯人は一体誰か。

色と乱歩

思えば乱歩の作品は色名がついたものも多い。
色は人が想像しやすい部分だ。
「青銅の魔人」、「黄金豹」、「灰色の巨人」、「赤い妖虫」、「黒い魔女」、「白い羽の謎」等々。
今回は「緑」である。
笹本氏が殺された後に登場する怪紳士柳田。
緑色のスーツを着込んで、緑色の表札の緑色の石段を上がった緑色の玄関がある緑色の家に住んでいる。
想像するだけで気が変になりそうだ。
乱歩には色に対して何か思い入れがあるのだろうか。

昭和の薄暗さ

昭和を感じさせる部分が随所にある。
タイトルでは緑衣の鬼なのになぜか物語中で犯人を指す名前は「緑の魔人」である。
「魔人」というのは想像がつかない言葉だ。乱歩の作品には「魔人」が多く登場するが、「○○の魔人」という言い方一つでその世界を構築している。
洋館や温泉場に作られて廃墟となった遊園地は昼間でもどこか薄暗い。
影が影であった頃の時代が昭和だ。

ところでポプラ社のハードカバーである少年探偵シリーズは、タイトルを含めて漢字にルビが振ってある。
最近こうした丁寧な作りはあまり見かけない。
これも「昭和」なのだろうか。

「緑衣の鬼」は、明智探偵が事件をすっきりと解決するため、「人間豹」とはまた違う。しかし、これはこれで異色の作品だと読んでみて感じた。
読み終えて、これは鬼だ、と強く思う。
人間の心に棲む鬼のなせる技なのだ。

最後の明智探偵の言葉に、あなたは何を思うだろうか。

コメント

  1. 無菜 より:

    原作が「赤い色」にちなんだ「赤毛のレドメイン」、この補色として緑にして、翻案したそうですよ。
    自分もこの明智・小林コンビのシリーズ、こどものころ夢中になって読んだものです。

    • shuichi より:

      無菜さん
      コメントありがとうございます。

      「緑衣の鬼」には、下地となった原作があったのですね。
      どうりでそれまでの少年探偵シリーズとは趣が違う訳です。謎が解けました。

      一応調べました。

      ・原作「赤毛のレドメイン家」 イーデン・フィルポッツ(イギリスの作家)
      ・江戸川乱歩はこの作品を絶賛していたとのこと。

      原作の「赤毛のレドメイン家」も読んでみたくなりました!

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