本の感想:同志少女よ敵を撃て

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面白かった本(小説)

同志少女よ敵を撃て
逢坂冬馬(著)

同志少女よ敵を撃て」は、第2次世界大戦中のソビエト連邦イワノフスカヤ村で暮らす少女セラフィマが主人公の物語だ。
16才だった少女セラフィマがたどる戦前、戦中、戦後を描いている。

舞台は、第2次世界大戦中のソビエト連邦共和国。
ソ連の片田舎で母親と猟師をして暮らすセラフィマ。
ある日、母と猟に出たセラフィマは、ナチスドイツが侵略中の村に帰ることになる。
目の前で顔見知りの村民たちが殺され、母も狙撃兵によって殺される。
次は自分自身が殺されるという危機一髪の状況で、セラフィマは女兵士イリーナ率いるソ連赤軍に助け出される。
村民や殺されたばかりの母親の遺体を前にイリーナは部隊に対して村に火を放つよう命じる。
母を殺した狙撃兵への復讐、そしてイリーナへの憎しみを胸にセラフィマは、女性だけの狙撃小隊に入隊することになる。

ところで、女性だけの狙撃小隊というのは、物語の中だけの話かと思っていたらこれは史実に基づくものだった
作中にたびたび登場する伝説の女性スナイパーであるリュドミラ・パヴリチェンコもまた実在の人物。
わたしの場合、読み終えてからこの事実を知っただけに衝撃が大きかった。

同志少女たちの撃つべき「敵」とは一体何か?
狙撃小隊の教官でもあるイリーナが訓練中に生徒たちに放った問いは、戦争に理由づけしなければ戦争を闘えない人間の悲しさがともなっている。

お前たちは何の為に戦うか?
「子供たちを犠牲にしないため」と言った最年長のヤーナ。
「女性は、戦争の犠牲者になる弱者ではないことを証明する」と言ったシャルロッタ。
「コサックの誇りを取り戻すため」と言ったオリガ。
「自由を得るために」と言ったアヤ。
そして、主人公セラフィマは「女性を守るために戦う」と言った。

敵に殺されようが、殺されまいが彼女たちにも「生と死」はやってくる。
自身の答えに忠実に生きた少女たちに、生きることの意味を考えさせられる。

ベラルーシのノーベル文学賞受賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの『戦争は女の顔をしていない』という同じ第2次世界大戦(ソ連でいう大祖国戦争)の女性たちに焦点をあてたインタビュー集がある。この本には、本書に登場するような看護兵や通信兵、狙撃手などが実際に登場する。

わたし自身は『戦争は女の顔をしていない』を本書の前に読んでいた。
『戦争は女の顔をしていない』で語られた女性たちの話の中には、語られていない生の声も沢山あるのだろうと感じていた。
『同志少女よ敵を撃て』は、戦争に従軍したこの女性たちの声を補完する意味合いもあるのではないかと思った。
戦争をエンターティメントとして扱うことも戦争の抑止となるならば、本書の存在意義は大きい。

同志セラフィマが最後に撃った敵はあきらかに「敵」である。
女性を守るために戦った女性ひとがいた。

「愛する人か、生きがいを持て」

物語の中で、リュドミラ・パヴリチェンコがセラフィマに戦争後の生き方を伝えた言葉は、現代的な結末と相まって心地よい。
本書は、『戦争は女の顔をしていない』との併読をおすすめしたい。

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