本の感想:ああ無情/ビクトル=ユーゴー

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ーこの世に無知と悲惨があるかぎり、このような種類の物語も、
 けっして無益ではないであろう。   著者のことばより
ああ無情(レ・ミゼラブル)
ビクトル=ユーゴー(著)
ああ無情 (講談社青い鳥文庫 (134‐1))
世の中で他人のためにつくすことの尊さを教えてくれる本。
レ・ミゼラブルとは「みじめな人々」という意味だ。


主人公のジャン=バルジャンは、一切れのパンを盗んだことで牢獄に入れられる。
パンは亡くなった姉の子供7人を養うために盗んだものだ。
1800年代初期のフランスでの話が「ああ無情」の舞台だ。
時代背景が現代とは異なる為、なんでパンを盗んだだけで牢屋に?となってしまうが、主人公のほかにも落ちているリンゴの枝を拾っただけで牢屋に入れられた人なども出てくる。
お金持ちと農夫などの貧乏人との扱いの差が大きい時代だ。
一度悪いことをしたらなかなか立ち直れないような社会。現代社会は当時と比べて良くなっているのだろうか?
冒頭ジャン=バルジャンが街に現れただけで悪いうわさはすぐに伝わり、お金を持っているにも関わらず宿にも泊めてもらえない。
悪いことをして牢屋から出ても、世間は冷たいのでまた悪いことをするしかなくなってしまうという構図だ。
「思いやる」という行動は善人に対してはしやすいが、なかなか悪人に対して実践することは難しい。
「思いやる」気持ちを悪人に対しても実践している人物が、この物語の最初に登場し主人公ジャン=バルジャンを立ち直らせるきっかけをくれたミリエル司教だ。
ミリエル司教は、誰も宿を提供してくれないジャン=バルジャンに対して無償で宿を提供し食事もとらせてくれる。ジャン=バルジャンはしかしミリエル司教の銀の燭台をお金に換えようと盗みをはたらいてしまうのだ。
捕まったジャン=バルジャン。警察に対してミリエル司教はその燭台は彼にあげたものだと伝える。
そしてミリエル司教はジャン=バルジャンに対してこういうのだ。
「忘れてはいけません。正直な人間になるためにこの銀の器を役立たせることを、あなたはわたしに約束したんですよ」
ジャン=バルジャンはその後の人生をこの言葉によって変えていく。
一つの思いやりが社会をも変える瞬間だ。
ミリエル司教はじめ、根っからの悪人であるテナルディエ。そして主人公をつけねらうジャベール警部。ジャンが救うことになるファンティーヌとコゼットの母娘など登場人物がそれぞれに魅力的だ。
『ああ無情』が「レ・ミゼラブル」としてミュージカルや映画で幾度となく上演されているのもこの物語が時代を超えて伝えることが出来る人間讃歌だからに他ならない。
主人公のジャンが人を助けようと過去の自分をさらけだすシーンがある。
「牢獄がわたしを変えてしまいました。人間としてのあつかいを受けなければ、どんな人でも悪人になってしまうでしょう。わたしが救われたのは、しんせつな広い心のおかげでした。」
人を良い方向に導くのは神様や仏様でもなく、わたしたち自身なのだとこの物語は教えてくれている。

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