児童書のおすすめ本59選

あの震災で、自分も家族もしんだかもしれないし、職を失い家も失い引越しを余儀なくされたかもしれない

わたしは、2011年の今日3月11日、ふつうに仕事をしていた。
2人の学生と教室にいた。
その日から、一つ心に留めていることは、「この先、またそういうことは、ある」と思い生きていくことだ。


あの日。
学校は年度末であり、わたしは就職先が決まらない学生の指導をしていた。
地震がおきた。
なかなか収まらない揺れに、わたしも学生も何かおかしい事に気づいた。
机の下にと思ったが、揺れが激しくなる一方だ。「外に出よう」という言葉が、わたしの口を突いて出てきた。
駐車場に出た時に、地面のずっと奥の方から聞こえてきた「ゴゴッ。ゴゴゴゴゴゴゥ」という音が忘れられない。
耳で聞こえるというより、体があの音を感じた気がした。
わたしは、福島県のとなりにある茨城県に家族と住んでいる。
わたしの住んでいる近くには、東海第二発電所という原子力発電所がある。
この原発で「事故の2日前に海水ポンプ付近に、高さ6.1mの津波被害対策用の壁を建てる工事が終了していた」と新聞が報じていた。
また「壁を作っていなければ、被害がもっと広がっていたかもしれない」とも報じていた。
東海第二原発が、福島と同じように被災していたら、わたしも職を失って、家族とともに今の住み慣れた土地を離れなければならなかったかもしれない。
人生の禍福は、壁一枚隔てているだけだと思う。
この震災で住み慣れた土地を離れ、引越しを余儀なくされた人は、「心」まで引っ越さなければならないのかと思った。

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