万事お金
源氏鶏太(著)
自らもサラリーマンとして働く傍ら、小説を発表し一躍「三等重役」などのサラリーマン小説で有名になった源氏鶏太(げんじけいた)の作品。
昭和54年(19)に第一刷が発行されている。古い作品だが、ユーモアの中に光る真理は色あせていない79年。
源氏鶏太と聞いても現代の売れっ子作家ではないため、知らない人も多いだろう。
わたしがなぜ源氏鶏太を知っていたかと言うと、94歳で他界した祖母が好んで読んでいた小説家だからだ。祖母は源氏鶏太の小説は何でも読んだが、同じものを何回でも読んでいた。ひょっとすると年齢からして、読んだ事を忘れてしまい何度でも読んでいるのかなあ、と思ったくらい繰り返し読んでいた。
わたしはこれまで、一度も源氏鶏太の作品を読んだことがなかった。祖母が繰り返し読んでいたため、少しは興味があったのだが、これまで読んでこなかったのだ。多分、サラリーマンが出てくる庶民向けの小説というジャンルが興味をそそられなかったのかもしれない。
「万事お金」は、タイトルが少しそそられたのだ。
現代社会においては、<お金>こそ全てと考える人が増えた。
本小説に登場する主人公である豊年太郎(名前がふざけている)は、お金だけが全てじゃないよと考える一人だ。しかし、主人公の考えは時に右往左往する。恋人サクラとの会話で「やっぱり、お金なのか」と気弱になるときもある愛すべき主人公だ。
「そういうわけだから、悪いけど、あたしとの結婚、あきらめてね。」
と突然恋人サクラからふられる場面で始まる冒頭。
会話文が多く、読みやすい。
登場人物の名前は、新宿のいっぱい屋「まるまる」のマダム<まる子>とか、恋人サクラに結婚を申し込む大金持ち<弓矢八万太郎>、主人公が結婚相手として紹介される<梅林ウメ子>など、憶えやすい名前が多い。というより、ふざけた名前の登場人物が多い。
ちょっとしゃれた小説は、登場人物の名前もしゃれている。この小説には、そういった小細工はないように思える。登場人物の名前に時間を割くより、小説の構成を考えた、といった風なのだ。
会話文が多いと述べた。その会話文は、コントのように滑らかであるし、ふざけてもいる。
おかしく、読みやすいとは、この小説の表面。その実、裏面は、構成がしっかりとしており、その先が気になるように出来ている。最後は、どうなるのだろうと思わせる部分が、登場人物達の関係だ。主人公を含め、皆腹に何か持って(もちろん、タイトルにもあるお金に執着して)人生を突き進んで行く。
時代背景からか、ビールを飲む場面ややけ酒といった場面が多い。ビール以外の酒は無いのか、というくらい登場人物達はビールを飲んでいる。
結婚や恋愛シーンでの<バージン>という言葉も多用される。
<バージン>が価値を持つ時代であったのだ。
源氏鶏太は、直木賞作家であることもここに記しておく。
大金を手にするのは、誰か。それともお金じゃなくて愛で終わるのか。
ドタバタと紆余曲折した割に得られるものは、少ない。そんな人生。
読み終えた後に、ああこれは自分たちのことなんだと思う。
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