邪念がない心

そういう気持ち

栃木にある「もうひとつの美術館」を訪れた際に、あるビデオが流れていた。その中では『邪念がない心』について話していて、非常に興味深い話だった。

知的障がい者のある男性に木の器を作ろうとさせた。元になる木を彼に渡すと、最初に掘るための枠線を木に引くのだそうだ。

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その後、彼は区切った枠線ごとに木を彫り進めていく。

例えばこんな感じで。

それで最終的にどうなるかと言うと、枠線以外も全て掘ってしまい「木くず」となってしまうのだそうだ。

ビデオの解説者の方曰く、

彼は「木を彫る事」が目的だったのです

結果として何かを作るではなしに、過程そのものが目的という「邪念のない心」で彼らは作業している、というような話だった。

わたしは神様や仏様に近い人というのはそういう人なのではないかなあと思う。
「何か役に立つものを作ろう」とか「これを作って儲けよう」ではなしに純粋に木を彫ることを目的としていたという点に何か普段見ることのできない綺麗なものを見た気がした

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