プログラミングを学生に教えていた頃、自分はプログラミングが好きなんだと思っていた。
今思えば、それは勘違いだったのかもしれない。
生成AIという言葉が登場し、ChatGPTあたりが流行り出したころから、これまで好きだったプログラミングがあまり好きではなくなった。
とたんに興味が無くなったという方が正しいかもしれない。
これまで必死に勉強してようやく理解したようなプログラミング内容のコードが、生成AIを使うと一瞬にしてはき出してくれる。
生成AIが回答を「はき出す」という表現は言い得て妙かもしれない。
実際には、パソコン画面に生成AIが導き出して回答が「表示」されるのだが、回答を「はき出す」といった方が適切な気がする。
生成AIが人間に対して、「ほらよ!」と答えを投げ捨てているような雰囲気が「はき出す」という言葉にはある。
「ほらよ!」と投げ出した答えの中に分からないことがあっても、聞けばすぐに生成AIが教えてくれる。
プログラミングなどを教えてもらうのは生成AIの超得意科目だ。
20年の長きにわたり生徒にプログラミングを教えていた「わたし」とは、一体何だったのだろうか?
仕事として「プログラミング」を教えていたから、自分は「プログラミング」が好きなんだ、と自分自身に勘違いさせてこれまでやってきたように思う。
それは、仕事を地道に続けていくためにわたしがとった自分への洗脳だったのかもしれない。
今はそう考えている。

コメント