カメラを持たずに出かけた日

実家近くのローカル線が2年程前に廃止された。
しばらくは線路が残っていたが、今は線路もすべて取り壊され長々と続く赤茶けた石の道になった。
今までは電車が通るので、堂々と歩くことは出来なかったが、これからは電車を気にせず通ることができる。冒険と称して息子、娘、そして親戚の男の子を連れ立って、家の近くから続く赤茶色の道を歩いた。

途中に線路の切れ端が落ちていた。長さが5m程あったと思うが、とても大人一人で持ち上げられる重さではなかった。線路に使っている鉄は、厚いことが分かった。厚さ3cmはある。これで電車を支えていたわけだ。
赤茶色の道は途中途中分断されている。
下に道路が通っている箇所があるからだ。そんな場所はちょうど2本の線路に合わせて幅25cmくらいの鉄の橋げたが2本通っている。歩いていくと2本の橋げたのどちらかを歩いて渡らなければならない。ちょっとした恐怖が伴う。落ちたらという恐怖だ。
わたしの娘はどうしても渡れない。恐い恐いと言って途中で止まってしまう。それを見て息子や親戚の男の子は、なんで?という風だった。

目的地はトンネルだった。
はなれ山と呼ばれる文字通り他の山から離れてそびえる小さな山がある。その山をくり抜いて電車のトンネルが通っている。
今までは遠くから見るだけだったトンネルも間近に見ると以外にも大きいものだった。見上げる、という表現がぴったりとくる。高知県で41度という日本国内最高気温を記録した今日、長野でも35度になっていた。
お昼前に晴天の中、わたしたちは出発した。外に出ている人はまばらだ。車で外出している人は多いが、歩いている人は皆無だ。子どもなどは一人も歩いてはいない。わたしたちを除いては。

トンネルの中は、涼しかった。クーラーなど必要ないなあ、と皆で言った。トンネルの中は心地よい風が吹いていた。自然の風は気持ちいい。それにこのトンネルは小さい山をくり抜いてあり、わりと短い。トンネルの先の景色が望遠鏡で見たように丸くくり抜かれている。
娘がまた恐い恐いといって先を急ぐので、わたしも一緒についていく。トンネルの天井が落ちてきやしないかと心配しているようだ。そういうニュースを最近みたから。トンネルに入る前に野球ボールを見つけた息子と親戚の男の子は、ボールで遊んでいる。トンネルの終わりまで来て娘が振り返った。

「あっ。兄ちゃんたち黒くて顔が見えない」

トンネルの向こうが明るいので、逆光で丸い景色の中に後からくる息子と親戚の男の子のシルエットだけが見えているのだ。きっと向こうからも同じようなシルエットが2つ見えているに違いない。
丸い景色の中に影が2つ。夏を切り取ったかのような絵。
綺麗な光景だなあ、と思いカメラを持ってくるのを忘れたことを悔やんだ。

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