アルジェリア人と折り紙

昨年アフリカの北部アルジェリアに行ったときのこと。
インターネットサービスのスカイプで知り合った11人家族の家に2日間ほど宿泊させてもらった。
サハラ砂漠から程近いところに家族は住んでいた。
石を積み上げた建築の家々が並んでおり、朝の5時にはコーランが大音量で家の外から響きわたった。
わたしが珍しいからなのか、ふだんからそうなのかは分からなかったが、親戚や友達がひっきりなしに訪ねてくる。
初対面の人と挨拶するときは、アラビア語で挨拶を交わした後、お互いの頬を近づけて信頼のあかしとする。
わたしはその日何十人目かのアルジェリア人と挨拶を交わし、握手をした。
日本で一日にこんなに大勢の人と挨拶と握手をしたことはない。
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【写真/2011年11月23日 アルジェリアのサハラ砂漠近郊の家】


夕食にもてなされたフランスパン、豆と鶏肉の煮物はおいしく食べることができた。
前の晩は、ハンバーガーを食べたが、かなり大きいものが3つ出された。
さすがに3つはわたしには多すぎたが、頑張って2つは平らげた。
家族の食事はハンバーガーではない様子だった。わたしに気を使って出してくれたのかもしれない。
ハンバーガーの肉も煮物と同じく鶏肉だった。
宗教上、豚肉は不浄のものとされているためアルジェリアの人が食べることはない。
大抵の肉は、鶏肉か羊肉だ。牛肉も一度も見ることがなかった。
アルジェリア人は話好きで、わたしがいてもいなくても家族や親戚同士が大きな声で感情的に話をしていた。
わたしはほとんど言葉が通じなかったので、何か日本らしいものを伝えようと思い、日本から持ってきた折り紙を取り出した。
憶えていた「箱」や「鶴」「舟」などを目の前で折ってみせた。
相手はそれほど感動した様子もなかった。
わたしの折り紙を使って、その家の主人が「舟」を折ってくれた。
その舟は、わたしが今までにみたこともない形をしていた。
折り紙を教えようとしたつもりが、教えられてしまった。
折り紙などは、世代を越えて伝わっていくものなので、わたしが作った折り紙もどこか知らない国の知らない誰かから伝わってきたのかもしれないなぁ、と思った。
折り紙で日本を伝えることに失敗したわたしは、次に彼らの前で、日本語を書いた。
さすがに日本語はほとんど目にする機会がないらしく、簡単なひらがなをアルジェリア人に書いてもらったが、かなり難しいようだった。
なぜなら、アルジェリア人が書いたひらがなは、目の前で書いたにも関わらずかなり間違っていたからだ。
逆の立場でいうなら、わたしが書いたアラビア文字は、たどたどしく間違いが多いに違いない。
「夢」という漢字を書いた。
そんな難しいものをどうやって憶えたのだ、という意味のことを言われた。
普段わたしが当たり前のようにしている「字を書く」という行為が、相手の驚きを得たことにわたし自身が驚いた。
習慣になって身についてしまえば、大したことのない行為でも相手からすれば未知の領域になる場合もあることを感じた。
日本というものを「漢字」や「ひらがな」でしか伝えられなかったことに対して、もっと普段からしている習慣や行動を深く突き詰めてみる必要があると思った。

主人の折ってくれた折り紙の舟は、いまだわたしの心を漂っている。

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