人は、一生自分を自分の目で見ることは出来ない、と言われています。
小学生の頃。たぶん夏の夜だったと思います。
私の家は築100年になろうかという古い家でしたので、夜にお茶の間からトイレに行くためには、座敷の前にある暗い縁側を通って行かなければなりませんでした。
怖い話やテレビ番組などを見聞きしたあとにトイレに行くことは、当時の私にとって非常に勇気のいることでした。
座敷には様々な日本人形なども飾ってあり、それがまた怖さに拍車をかけていました。
トイレの前には洗面台があり、父が髭など剃るために使うであろう鏡がかけられていました。
当然、用をたし終えてトイレから出た後は、洗面台の前に立ち手を洗うのですが、その時鏡を見ないわけにはいけません。
その時、なぜか私は鏡の中の自分と目が合いました。
「鏡の中の自分と目が合う」といった言い回しも変な表現なのですが、確かにその時鏡の中の自分と目が合ったのです。
最初は無表情な顔をしていました。
自分はこんな顔をしているのか、と思った瞬間、何か幽霊でもみたかのような気持ちになり、怖くなってきました。わざと顔の表情を変えてみたり、おどけた顔をしてみました。
その顔は、どことなく普段見ている父の顔に似ていました。
鏡の中で笑顔を作りながら思ったことは、これは本当に自分の顔なのだろうかという疑問です。
何か違和感を覚え、不自然な気がしたのです。
その時はそれで終わりました。テレビのコマーシャルの間にトイレに行っていたのですから。
最近この体験を思い出すことがありました。
当時感じた鏡の中の自分に対する違和感の正体は、鏡の中の自分に対してではなく、自分の存在そのものに対してだったのではないかと思います。
「自分」というものが存在している事が、怖くなったのだと思います。
〓武田〓
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