走る意味は、今を感じていたいから

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海を見下ろしながら走ることが出来るマラソン大会があり、出場した。
2012-04-08 at 15.33.13
【写真/2012年4月8日 森鴎外 – 現在は過去と未来との間に劃(かく)した一線であるのイメージ図】
日立さくらロードレースという大会だ。
冬場のマラソン大会は多いが、春に走るのも気持ちがいいものだ。
残念ながら大会名にもある「さくら」はまだつぼみのままだったが、天気も良く、海もきれいで気持ちよく走ることができた。


この「日立さくらロードレース」は、最大でハーフマラソン(20km)で、他に10km、5km、親子で1.8km、小学生の部などがあり、家族に人気の大会だ。
5km以上は、海を眼下に見下ろせる道路がコースになっているので、海岸にうちよせる波の音を聞きながら走ることができる。
わたしは、10kmの部に出場したので、海を見ながら走ることができた。気持ち良かった。
携帯音楽プレーヤで耳を塞ぎながら走っている人も多くいた。
何を聞いているのかわからないが、わたしなどは、もったいないと思ってしまう。
どんな場所でも、一定の品質でお気に入りの音楽が聞ける携帯音楽プレーヤはいい機械だ。
ただ、「今」を感じることができない。

「今」という言葉で思い出したのは、森鴎外が遺した言葉だ。

現在は、過去と未来との間に劃(かく)した一線である。

という言葉がある。
「現在」というのは、一瞬なので、実際は一線の「線」にも満たないのだと思う。
「あっ」と声にだして言ってしまえば、それはもうすでに過去のことだ。

今を生きるしかないよなぁ、と走りながら思った。

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