映画『涼宮ハルヒの消失』について

好きなもの

涼宮ハルヒの憂鬱」は、正直なところ小説もテレビシリーズもかなり面白い。
2019年現在でもテレビシリーズを願うファンの声が聞こえるくらいだからかなり人気なんだろう。

「うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬(そご)が発生するかもしれない。でも、聞いて」

「涼宮ハルヒの憂鬱」 長門有希

ある意味、涼宮ハルヒシリーズとしては、最後の映像化作品となっているのが、映画「涼宮ハルヒの消失」だ。
「涼宮ハルヒの憂鬱」(原作本)の第4巻目にあたる「涼宮ハルヒの消失」がこの映画の原作となっている。
2時間41分というアニメにしてはかなり長編の映画だが、見終わって見ると「眠くなる」こともなく、途中「もたつく」こともなくあっという間に時間が過ぎた。タイムスリップ、パラレルワールド、異世界、世界を改変する能力を持つキャラ…2016年に公開されヒットした映画「君の名は。」にも同じような設定があったが、わたしは映画「涼宮ハルヒの消失」の方がずっと面白いと感じる。古泉や長門が時折話し出す哲学的な言葉たちが個人的に好きだからかもしれない。

「無事平穏が一番だと思いますが、あなたは何かが起きたほうがいいのですか?」

「笹の葉ラプソディ」 古泉一樹

不思議な映画だ。
かなり抑えめの音と演出で、BGMもなく日常を描くというこの手の美少女が登場するアニメらしからぬシーンが多くて落ち着く。

この映画で一番印象に残ったのは、最後にキョンが病院の屋上で「有希」と長門を呼んだ(気がした)場面。長門はその瞬間、キョンを見上げる。そして、雪が降ってくる。(このシーンは原作にはなく、映画ならではだろう)しかも、キョンが降る雪に対して「」と言ったのか、長門に対して「有希」と呼んだのか、判断を見た人にゆだねる形になっていて心にくい。

実は、次に印象に残ったのが、キョンが下駄箱で靴を履くシーン
学校に通っていたとき、ずぼらな生徒なら絶対やったしぐさ(わたしもやった)が再現されている。反対になった靴を足で裏返そうと何度かチャレンジするところをもってきた演出は日常を描かせたらピカイチのちびまる子ちゃん並みに凄い。

「最後にもう一つだけ。わたしとはあまり仲良くしないで」

「涼宮ハルヒの憂鬱」 朝比奈みくる

消失は、主人公ヒロインを横において、脇役の女の子(と言ってもかなり重要な役どころのキャラだが)をヒロインにもってきた映画とも言える。
主人公ヒロインとは、つまり「涼宮ハルヒ」で、映画のヒロインは、「長門有希」である。

この映画は、有機アンドロイド=通称「長門」が映画のヒロインとなっている。時間さえ止めることが出来るなんでもアリのスーパー宇宙人長門は、その無口さと能力とのギャップがあいまって(しかも可愛い)小説でもアニメシリーズでも人気キャラだろう。

この映画の長門は、普段の無口な万能宇宙人ではない。長門自身が、ハルヒを消失させ改変した世界で、キョンにひそかに想いを寄せる普通の少女という位置付けで登場するからだ。もしも世界が○○だったなら、を地でいく内容だ。
できるなら映画「涼宮ハルヒの消失」を見る前にテレビシリーズ2期(2009年放送分)を見ておくと映画のすみずみまで楽しめる。原作の方の小説は4巻目(できれば5巻目)までは読んでおくといいと思う。

以下は、消失を見る前にテレビシリーズや小説を見ておいて良かったと感じた点

  • 暴走した朝倉涼子が長門に消された後、長門がキョンに向かって言った「あたしがさせない」というセリフ。
  • 「エンドレスエイト」(夏休みの最終日になるとまた8月17日に戻るという話をテレビシリーズでは8回連続で放送した)でのキョンが長門に対して感じた「長門がつまらなそうにしている」と感じた気持ち。(エンドレスエイトは見ておいた方が消失での長門の気持ちに感情移入できると思う。エンドレスエイトは小説の5巻目「涼宮ハルヒの暴走」に収録)
  • 「笹の葉ラプソディ」の中学時代のハルヒとタイプスリップしたキョンが対面するシーンで、キョンがハルヒに放った「ジョン・スミス」という名前。
  • コンピ研の部長がカマドウマになったところをSOS団が救う「ミステリックサイン」で、最後にキョンが長門に対して感じた「やはりこいつにもあるのだろうか。一人でいるのは寂しい、と思うことが。」という部分。
  • あえてセリフは書かないが、「涼宮ハルヒの消失」(映画、小説版ともに)の中で長門有希がふだんは口にしない言葉を発するシーンが一箇所ある。(あきらかに有機アンドロイドを超越していると思わせる言葉、そう人間の言葉だ)

特にテレビシリーズの最終話「サムデイ イン ザ レイン」は、映画の伏線になっているシーンが多々登場している。

サムデイ イン ザ レイン」の最後の方で、SOS団部室で長門が一人本を読んでいる。長門は鶴屋さんが来て朝比奈みくるの場所を聞いたときには、指をさして「あっち」という仕草をするが、キョンが入ってきて皆の居場所は?と訪ねたときは首を傾げる。(あきらかにキョンにそこに留まるように仕向けている)キョンは、この後、疲れて部室で寝てしまうのだが、起きた時にカーディガンが掛けられていることに気づく。しかも掛けられていたカーディガンは2枚。1枚はそこにいたハルヒのものだと分かるが、もう1枚はおそらくすでに部室から姿を消していた長門のものだろう。(ん?長門は感情を持っていないんじゃなかったのか?)

ちなみに「サムデイ イン ザ レイン」でキョンが運んだ緑色の電気ストーブが映画ではSOS団の部室にさりげなく置いてある。ああ、そうそう「サムデイ イン ザ レイン」の次回予告でのセリフが、長門の声で「風邪、ひくから」である。(明らかに誰に対して言った言葉かよく分かるだろう)

さて、映画消失に話を戻すが、教室の窓に映ったキョンの分身が動き出して始まるキョンの自問自答シーン。(けっこう長いのだが、キョン役の声優さんの声に引き込まれる)ハルヒと長門の世界どちらを選ぶか?という大問題があるため、最後にキョンが答えを見つけ出してパソコンのEnterキーを押す瞬間一抹の寂しさがこみあげる。

「わ、解ってるんだったらいいわよ。そりゃそうよ、団員の心配をするのは団長の務めなんだから!」

「涼宮ハルヒの消失」 涼宮ハルヒ

この映画は2010年に劇場公開されている。
2019年の現時点でも続編や小説の新作を望むファンの声も多いが、わたしは涼宮ハルヒシリーズはこの映画で最後とした方が良い気がする。それ位、絵の綺麗さといい、日常の描き方といい最高レベルのアニメだと思うからだ。
「涼宮ハルヒの消失」が最後のハルヒ。その方が、この映画の価値が高まると思う。

サムデイ イン ザ レイン」でも感じたが、日常って無言で生活する時間の方が多いよなぁ、とこの映画を見て改めて感じた。「アニメのキャラにしゃべらせない」と言うのは制作側からすれば、かなり勇気がいることなんじゃなかろうか?
無音部分に登場人物たちの感情の起伏を感じられる、それだけでもこの映画の価値は十分にある。

あなたは2時間と41分、この世界から消失することになる。

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「涼宮ハルヒの憂鬱」 長門有希

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