諸行無常とりんご狩り

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何年かぶりに恩師のS先生に会った。
相変わらずお元気そうで、一般教養を学生に教えているとのことだった。
わたしがS先生に教えて頂いていた当時(S先生はわたしの上司でもあった)は、「倫理学」という授業を先生は受け持っていた。

『四苦八苦』や『諸行無常』など仏教用語が授業中飛び交っていたように思う。卒業した学生の一人がこんなことを言っていた。

「在学中は、S先生の話は退屈だったけど、卒業したらS先生の話がなんとなく分ってきた」

S先生はわたしに会うなり、
「あんたも、大変だったねぇ」
とおっしゃった。わたしの父は今年3月に亡くなったので、S先生に喪中葉書を出していたからであった。続けてこうもおっしゃった。

「諸行無常だろう。生きているうちが花だって、よく分ったろう。今度りんご狩りにでもきたらどうだ」

S先生の話は、だいたいがこんな感じだ。
故事や四字熟語、ことわざのたぐいが会話にたびたび登場するのだ。

何にでも<納得するタイミング>というものがある。
わたしが父を亡くして感じていたのは、「生きているうち」という気持ちだった。そんなタイミングで適切な言葉をくれるS先生は、やはり恩師に違いない。
わたしが故事や四字熟語をたびたび使うのも、きっとS先生のおかげだろう。近いうちにりんご狩りにでも行こうかと思った。

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