誰かと誰かの掛け合わせ

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わたしの好きな柑橘系の話をラジオ番組でしていた。

「清見」(きよみ)というオレンジに似た柑橘系は「温州みかん」と「オレンジ」の掛け合わせ。
外観が凸の形の「デコポン」は「清見」と「ポンカン」の掛け合わせ。

・・・らしい。

「清見」や「デコポン」は、人間が交配した、という記録があるだけで、大元になっている「温州みかん」や「ポンカン」だって何かと何かの掛け合わせなのかもしれない。
そう考えると、わたしたちだって同じようなものだ。
自分は、父親と母親の掛け合わせ。
その父親と母親だって、さらに父親と母親の掛け合わせ。
わたしたちの大元は、どこに行き着くのだろうか。

プログラミング言語において、オブジェクト指向言語では、大元のオブジェクトというものが存在している。
例えばObjectというクラス(概念)があって、それを継承して新しいクラスを作成することになっている。新しいクラスを作ろうとする場合は、必ず大元のクラスを継承したものになっているのだ。
オブジェクト指向言語の場合、突き詰めると大元のクラス(基底クラス)が存在しているのだが、自然界の場合、大元の存在を突き詰める事は簡単には出来ない。

でももし、誰かと誰かの掛け合わせが元をたどれば一緒だったとするのなら、自分の嫌いなあの人も元はわたしと同じなのかもしれない。

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