自由に生きたい、自由に生きたい

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自由に生きたい、自由に生きたいと思ってこんな歳になってしまった。
わたしは、見る人からすれば十分に自由に生きているように見えるだろうし、人権的にも経済的にも恵まれていない国の人からすれば相当自由な生き方をしているに違いない。でももっと自由に生きたいといつも思ってしまう。

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【2013年4月7日 自由なうどんの太さ】

自由とは、束縛の中にこそ存在する、といった人がいた。しかし、束縛はいやだ。
少し見方や考え方を変えるだけで十分自由な生き方が出来るんじゃないかと考えている。
例えば家を建てようと、すぐにハウスメーカーをはしごして展示されている一軒家を見にまわり、提示された支払いローンを家族で検討してどのハウスメーカーがいいだの言う必要はない。もっと自由にその辺に落ちている廃材を持ってきて自分であばら家を建ててもいいわけだ。
「家=ローン」の方程式はもう非常識な算数としてしまえば。「家=雨露がしのげればいいんでしょ」くらいでいい。
人がそうしているから自分もそうする必要はない。誰々ちゃんが買ってもらったからと親におもちゃをねだっていたのは小学生時代だ。大人になっても同じことをしようとしている。誰それもしているから、持っているからと。

自由に生きることは大して難しいことでもなく、世間から後ろ指さされるようなことでもない。
人は人、自分は自分という言葉をわたしは祖母からよく聞かされた。

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