綺麗な校舎からいい教育は生まれない

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水戸にある私立S高校のH先生とは進路指導室で会って話をするだけなのだが、いつもいい話をわたしにしてくれる。
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【写真/2011年7月7日 祭りの出し物の会議中】
私立と名のつく高校の多くは「いい大学」への進学を出来るだけ多く輩出させようと努力している。
いい大学の筆頭は東大だろう。
その高校から一人でも天下の東大に進学すれば、校舎の上から垂れ幕をかけ甲子園の出場よろしく知らしめる。


わたしは専門学校の紹介として高校へ出向くので進学校と名のつく大学進学を目指す高校からすれば招かざる客だ。
しかし本当に自分の高校のレベルや学生に対しての教育を真剣に考えている先生はそういった「進学校」としての高校の先生としてでなく、わたしに接してくれる。
H先生もそんな先生だ。
こんな言葉を聞いた。
「綺麗校舎や設備の整った校舎から、いい教育が生まれるわけではない」
「綺麗な校舎は、せいぜい学生集めにはいいだろうけど」

この辺りの学校は、今現在震災後の校舎の修復や新築を推し進めている。
「与えすぎると待つだけの人を作ってしまう。自分で工夫しなくなるんですよ」
このS高校の校舎はもともと綺麗な校舎である。
もっとも他にもたくさんの綺麗な校舎や設備をもつ高校は公立や私立に限らず多く存在しているが、それを生かしているとは言えない。
このS高校からわたしの学校に進学した学生は、いつも自分で考えて行動する学生が多い。
H先生のような考え方を持つ人は大事だ。
大局で物事は見ていく必要がある。
学生を授業料を払ってくれる「お金」として見てしまうと、大切なことを見失うような気がする。
学生は本来先生にお金を払って授業を受ける存在だ。
綺麗な校舎にお金を払うべきではない。

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