本屋と図書館について

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本好きな人で、本屋と図書館が嫌いな人はまずいないだろう。
どちらが好きか、という問題はさておき、人生にとって本屋と図書館の関係について考えてみる。
20120723本と集う会第4回と夏休み親子講座ポスター
【写真/2012年8月27日 本と集う会を主催したときのポスター】


お金の面からすると本屋は不利だ。
本屋では立ち読みをしない限りは購入する以外、読みたい本を読む事ができない。
立ち読みで文庫本一冊読んだ、という話を聞いた事があるが、余程体力があって、精神力も強くなければそれは不可能だ。わたしの場合は、家で誰もいないところでゆっくりと読みたい方なので立ち読みは本を物色する以外はパスだ。
本屋さんの方針にもよるが、最近はゆったりとした椅子が置いてあり「どうぞゆっくり読んで下さい」とばかりの環境をもつ本屋さんもある。しかし、わたしの住んでいる田舎にはない。
お金を出して本を買うことが本屋さんでは必要な条件のようだ。
その点、図書館では誰かが借りている場合を除き、好きな本をタダで借りることが出来る。無期限で借りた場合は、その図書館から追放されるため10日から2週間以内に借りた本を読む事が義務づけられる。
もっとも借りたからといって読む必要はないが、人気のある本だと読まずに返したりしては失礼である。
なぜなら図書館には予約待ちという機能があり、その本を誰かが読んでから返すまで待っている人がいるからだ。
人気のある本だと借りたい人が予約に殺到し、いつまでたっても図書館にその本が並ぶ事はない状態が続く。
こうなると本が宙を舞っているようだ。
わたしも「ジェノサイド」という本をかれこれ2ヶ月近くも待っている。あと5人待ちのようだ。
話はそれたが、図書館で読める本をお金を出してまで買う理由はなんだろうか。
一つには本を買って自分のものとした場合、所有欲を満たせることがある。まあ、余程装丁がカッコイイとか古本で貴重な品であるとか、20巻セットを集めたとかでもないとたいした所有欲もでない。
本に書き込めることも本を買う理由かもしれない。わたしはいい言葉などが出てきた場合、付箋をはって目印をつける方だが、人によっては赤ペンや蛍光ペンなどで線を引いたり、メモを書き込んだりする場合があるらしい。
ちなみに赤線やメモなどの「ここを読んだぜ!」というようなサインは図書館の本でも時々遭遇することがある。
途中で自分の所有物との見分けがつかなくなってしまったのだろうか。
買う理由をもう一つあげるなら、すぐに読みたいから、だろう。図書館にいくのも面倒だ、とかあるいはわたしのように人気の本を借りようとして2ヶ月まっても借りることができないような場合、気が短い人ならまず買うかもしれない。
次は本に対する「おしきせ」の面から。
本屋さんのいいところは、書店員のオススメ!などとポップ広告のようなメモが本に添えられていることがある。
なかには新作以外の本に対してもポップがあったり、「○○特集」などと期間を区切って紹介してくれる本屋もある。それが動機で購入することもあるので本屋を探索する意味がある。しかし、わたしの住んでいる田舎ではポップ広告はスーパーでしか見た事がない。
図書館はその点、おとなしい印象を受ける。
公共の施設だからからなのか整然と本が並んでいる。
ポップかと思ったら「本にメモしないでね」とか「やぶったら次の人がみれないよぅ」などと書いてある道徳心を促す注意書きだったことがある。
やはり税金で賄われる余裕のなせる技なのか図書館は今日も穏やかだ。
最後に本屋と図書館のうち、わたしの場合どちらに多く足を運んだかを考えてみた。
小学生の頃は親に本屋に連れて行ってもらったこともあり、圧倒的に本屋だ。家の近所に図書館がなかったこともあるが。大人になって金銭感覚が身についてくると次第に図書館を利用するようになった。利用する背景にはお金の面だけでなく、図書館のように様々な本を扱っている本屋が少なくなったことが挙げられる。いわゆる売れ筋の本しか置いていない本屋だ。こういう本屋はいってもつまらない。図書館についていうなら、漫画本が置いてある本屋はつまらない。小学生が入場できる漫画喫茶になってしまう。
結論からすると本屋と図書館の関係は「持ちつ、持たれつ」だと感じるが、本屋でも図書館でも出会った本に対して「読みたいっ」と思ったときがその本を手に取る瞬間で、人生の中でそのタイミングを決して逃してはいけないのだと思う。

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