本の感想:ジェノサイド/人類はいまだ進化の途中にある

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「人間は、自分も異人種も同じ生物種であると認識することができない。肌の色や国籍、宗教、場合によっては地域社会や家族といった狭い分類の中に身を置いて、それこそが自分であると認識する」
ジェノサイド
高野 和明(著)
ジェノサイド
日本とアメリカを主軸に、アフリカで生まれた新生物<現人類の知性を超えるヒト>のもたらす脅威を描いた作品。
とりわけ生命の起源および人類への考察を扱った前半部分が面白い。
後半は、ハッピーエンドのハリウッド映画をみているようで少し興味をそがれるが、これも前半と比べればの話で全編を読んでの感想は「面白い!」の一言に尽きる。


この物語の舞台である日本とアメリカを結ぶものは、一人の少年と一人の少女が生まれ持つ不治の病である。
最初は日本とアメリカで別々に進行していく物語は、次第に関係性を深め、その中で語られる薬学、生物学の人類の功績に読者は興味を持ち始めていくだろう。
しかし、そこで著者が提示するものは、人類が武器を持ち始め地上の王となっても一向に変わらない愚かな一面だ。
冒頭から登場するハイズマン博士がこの人間の持つ愚かさを代弁する。

「いいかね、戦争というのは形を変えた共食いなんだ。そして人間は知性を用いて共食いの本能を隠蔽しようとする。政治、宗教、イデオロギー、愛国心といった屁理屈をこねまわしてな。しかし根底にあるのは獣と同じ欲求だ。領土をめぐって人間が殺し合うのと、縄張りを侵されたチンパンジーが怒り狂って暴力を振るうのと、どこが違うのかね?」

著者が訴えたいのは、これだけ文明が進んでも変わっていかない部分である。
生物学的に見た人間はヒトであり、チンパンジーと枝分かれしたに過ぎないという事実。
人類も動物であり現在も進化の途中であるなら、次に枝分かれしたとき、ヒトはチンパンジーとしての扱いを受けるのだろうか。

こんな素朴な疑問をエンターティメントとして楽しめるのが、『ジェノサイド』である。

ジェノサイド【genocide】
ある人種・民族を、計画的に絶滅させようとすること。集団殺害。集団殺戮(さつりく)。
デジタル大辞泉より

ハイズマン博士の言葉が、警告する。
「歴史学だけは学ぶな。支配欲に取り憑かれた愚か者による殺戮を、英雄譚にすり替えて美化するからな」
地球上では、いまだにジェノサイドが行われている。

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