本の感想:「ボロボロになった人へ」 – リリー・フランキーは、現代社会を笑い飛ばし、ちゃかすような振りをして、物事の本質を描いている

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ボロボロになった人へ
リリー・フランキー(著)
ボロボロになった人へ (幻冬舎文庫)

なにかに、つまずいている人の方が、魅力的だと思う - リリー・フランキー

という本の帯の言葉が目が止まり、買った本です。
「自分なんて…」と考えている人は読んでみるといいと思います。
「事実は小説より奇なり」とはよくいったものですが、この短編集にも「それはないでしょ」とか「そんな人いないよ」と言いたくなるような設定や人物が登場してきます。


短編は6つあります。
わたしは、とりわけ
結婚くらい、誰でもできる。 ー で始まる小説、「大麻農家の花嫁」が一番リリー・フランキーらしさが出ていて面白いと思います。
都会でくすぶっている結婚賞味期限切れ間近の女性が、田舎の農家の花嫁募集にいった先でのお話です。
わたしは、読み始めて5分くらいの部分で笑ってしまいました。
犯罪をしたら万引きでもなんでも死刑になる世界を描いた作品「死刑」では、平等ということについて、「前時代の共同幻想のひとつでね…昔の人の幻想だよ。」と切って捨てます。
犯罪者である川瀬君を受け持った弁護士伊藤は、「どんな時代にも人は、どんな死に方をするか?ということの為に生きている」と言って川瀬君を諭します。
「ねぎぼうず」と「おさびし島」は、エッチな小説ですが、ある意味物事の本質をついているかもしれません。
私には、貴方(貴女)しかいないという方は、読まない方が懸命です。
「Little baby nothing」はこの本の中では、一番長い小説です。
物語の設定に、わたしは当初「そんなことないでしょう」と感じていました。
しかし、最後まで読むとなぜだか「そういうこともあるかもしれないなぁ」と思うようになっていました。
「電車に乗ると、乗り換えとか面倒臭いけど、直線で来ると東京なんか狭いもんだなぁ。」
「自分のことを100パーセント正しいなんて思ってる奴は、みんな普通じゃない。完全に狂ってる。」
など、少し考えさせられるセリフが随所に出てきます。
最後にわたしが一番印象に残った「死刑」の部分です。

 勉強することも、仕事に打ち込むことも、恋愛し、結婚することも、すべては自分の最後、来るべき自分の最終回の為、積重ねていく。
 将来という漠然とした言葉に人が怯えるのも、つまりはそこに死を孕(はら)んだ自分の「いつか」が見え隠れするからだ。

「万物は幻化なり」という江戸川乱歩の言葉を思い出しました。
人生なんて終わってしまえば、幻みたいなものなのでしょうか。それとも…
いづれにせよ、自分の「いつか」は、必ずやってきます。

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