人間化するコンピュータ・コンピュータ化する人間

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そういう気持ち

コンピュータは人間にとって道具だと考えて接してきた。
コンピュータもハサミや金づちや鉛筆と同じ道具の一つ。
その昔、コンピュータを「脚立」だと表現した人がいた。
自分だけでは届かないあとちょっとのところを、「脚立」を使えば届く。自分の能力に少しプラスしてくれる道具がコンピュータ。

でも今のコンピュータはちょっと違う。「脚立」というより「宇宙ロケット」ぐらいになったような気もする。
コンピュータを使うと、これまで一生掛かっても調べたり知ったり出来なかったことが、一瞬で手に入ったりする。
もはやコンピュータは「脚立」ではない。

この頃のコンピュータは、人間のように振る舞ったりもする。
ネットを介してやりとりしたら、相手が人間なのかコンピュータ上のプログラムなのか見分けがつかない。
人との直接のやりとりが減って、コンピュータと接する時間が増えた。
スマホやパソコンに慣れるということは、情報リテラシーが上がるだけではない
人間がコンピュータ化する、ということだ

決まり切った操作しかできないスマホやコンピュータゲーム。初めて接すると使い方が分からない。
分からないから操作に慣れようとする。
一つのスマホの操作をマスターすれば、他のメーカーのスマホでも何となく使えるようになる。
一つのゲームをマスターすれば、似たようなジャンルのゲームなら何となく遊べるようになる。
それは、頭の中が「スマホならこうすれば動くだろう」とか「このゲームならこう操作すれば遊べるだろう」と脳がコンピュータの考え方を得た証拠だ。

「気持ち」や「意識」がないものと長い時間接していると、人間がコンピュータ化していくのかもしれない。
わたしも生活の所々でコンピュータのように振る舞っていないとは言い切れない。
コンピュータに慣れる前と同じように人と接しているだろうか?今一つ自信が持てない。
夕日を見たり、自然の木や鳥を眺めているとハッとすることがある。
自然は決まりきったことがないからだと思う。

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