タイムカプセル

そういう気持ち

小学校卒業の時、わたしたちの学年(というよりお金を出したのは親だが)は、卒業記念品として時計を寄贈した。寄贈した時計は、生徒が登校する昇降口の手前に配置された。体育館にあるような遠くからでも見えるくらいの大きさの時計は、金属の支柱で支えられていた。

その時計のたもとに、わたしたちの学年はタイムカプセルを埋め込んだのだった。
時々思うのだが、タイプカプセルというものは、いつかどこかの時点で掘り出すものなのだろうか?あるいはタイムカプセルを埋めた時に「10年後にここに集まって掘り出そう!」などと期日を決めて掘り出したりするのだろうか?
あいにくわたしはその当時のやりとりの記憶をほとんど持っていない。
それにわたしたちのタイムカプセルは、時計の支柱の土台ともなっているため、掘り出すにしても時計ごと撤去しなければならなくなる。少子化のこのご時世、小学校自体がいつの間にか無くなっていた、なんてことにもなりかねない。

ただ、自分自身がタイムカプセルに何を埋めたのかは良く覚えている。
実は、タイムカプセルに埋めるものは、自由では無かった。一人一人適当な大きさの石を用意して、そこにメッセージを書いて埋めることになっていた。

わたしは、もってきた石に「」と書いて埋めた。

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