ショートショート:猫と世界

ショートショート:猫と世界 長崎瞬哉(詩人)

わたしはいつから猫になっていたのだろう。
確か昨日は電車に揺られてしたくもない仕事に行ったはずだが。昼にはスキヤの牛丼を食べて、残業もせずに帰宅した。
はず、だった。
確かにわたしは「猫になりたい」と考えたことはある。一度や二度ではない。通勤途中、どこかのマンションのベランダで気持ちよさそうに日向ぼっこしている猫を見て、「ああ俺も猫になりたい」と思ったことはある。しかしだ。なぜその時、猫にならずに今猫になっているのだ。願望がかなった訳ではなさそうだ。(人間から猫になったわたしは、割と冷静に物事を考えていた)

実際、猫生活はしんどいことに気づいた。一日中日向ぼっこしているわけにもいかない。腹がすく。敵も多い。わたしの毛並みは猫の中では普通だと思うが、人間どもがやたらとわたしの身体に触れてくる。鬱陶しいったらありゃしない。そこじゃない。喉元が気持ちいいんだよ。何度(ニャー)言ったら分かるんだ。腹に触るな!(フー)
敵は人間だけではない。車にも気を付けないといけない。仲間の一人(一匹)が昨日も命を落とした。道路の向こうにハトがいたので捕まえようと一直線に道路を横切ったところ、向こうから走ってきた黒のスズキアルトに口づけされたのだ。わたしは人間時代、なぜ猫は道路を横切る時、犬みたいに注意して歩かないのかと疑問に思っていた。しかし猫になって分かった。俺たち猫は生まれながらにして遊び心にあふれているのだ。物事に集中してしまい、ここぞという時には周囲が見えない。

・・・あれ?何か草むらで動いているぞ。
気になってしょうがない。
ん?ネズミじゃないか。久々のネズミだ。あっ、あっちに行った。追いかけろ!
一瞬だった。
あたりの景色、草の色、空の色…全部がネズミの身体の色みたいにしだいしだいに灰色になってきた。(どうやら俺の口づけ相手はシルバーのベンツだったようだ。アハハ、こりゃ勝ち目がないな)

猫になって分かったが、死というものは世界から自分だけが消えて無くなるんじゃない。
世界自体が消えてしまうんだ。
・・・まっ白だ。
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・・・・・・・・・つ・・つぎの世界・・も・・・綺麗・・だ・と・・・い・い・な

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