ショートショート『ノストラダムスは眠らない』

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長崎瞬哉(詩人)

ノストラダムスは眠らない

現実は時々予想外の事が起きて面白くもある。
しかし、頭の中で巡らす大小様々な妄想ほどには面白くもないと悟ったのは、1999年の7の月が何事もなく過ぎた少しあとだった。

1999年7月、人類は滅亡するはずだった。
ノストラダムスの予言が確かならば。

1999年の7の月
天から恐怖の大王がやってきて
アンゴルモアの大王をよみがえらせる
その後、マルスはこの世を支配するだろう

だったか?
マルスは火星とも訳されていて、地球は火星人に支配されてしまうのではなかろうか?火星人ってどんな奴だ?アンゴルモアとはショッカーの黒幕より悪そうな名前だ!などと俺は想像と妄想の糸をしょぼい脳みそ全体に張り巡らせていたっけ。

まあ、この手の予言めいたものは、それを訳した奴がそれっぽいものだけを集めてきて適当な解釈をつければどうにでもなる類のものではあると後々知ったのだったが…。

当時小学生だった俺は、テレビでノストラダムスの大予言特番が放送されるのを心待ちにしており、毎回欠かさず観ていたくちだ。

超常現象?オカルト?UFO?何でもいいが、それらひっくるめて「あったらいいな」くらいにしか思っていなかった普通の小学生だったのだ、俺は。

それでもって1999年の7の月が何事もなく過ぎたものだから、俺はしらけきる間もなく少年から青年へ、そしておっさんへと近づこうとしていた。いや、35歳はおっさんか。

で、なんでこんなことを頭に思いめぐらせているかというと、たまたま仕事帰りに立ち寄った古本屋の100円コーナーに「ノストラダムスの大予言」なる本を発見したからだった。
当時、同じ本を父親の寝室で見つけ読みふけった記憶がある。ノスタルジックな思い出に浸ろうと考えた訳ではないが、アンゴルモアの大王以外に何が書いてあったのだろうなあ、と少しだけ気にはなったのだ。
ああ、やっぱりノスタルジックかもな。

その古本屋は「千年堂書店」という。

行きつけという程ではないが、半年に2,3度は足を運んでいると思う。ちょうど駅を降りて自宅に向かう途中のアーケード商店街に千年堂書店はある。ノスタルジックと言えば、この商店街こそ昭和の時代あたりから変わってないんじゃないかと思うくらいのノスタルジックさを醸し出している。
アーケードの両側には、こじんまりした店が並んでいる。
雑貨屋があり、金物屋、肉屋、八百屋、気功師がいるマッサージ屋のような店。その一角に古本屋「千年堂書店」は店を構えている。
店主はサラリーマンだったらとっくに定年退職しているようなじいさん一人だ。このじいさん、古本屋の主人に似つかわしくなくおしゃれで(といったら古本屋に失礼か)丸ぶち眼鏡をかけ、たいてい紐ネクタイと白いシャツに高級そうな淡い色のコーデュロイのパンツという出で立ちをしている。
客を気にかけていないように見せてよく客のことを把握している、というのだろうか。探し物の本を伝えると「ああ、それなら」と事前に分かっていたように最短距離で(といっても大きな本屋ではないのだが)数ある本の中から探し出してきてくれる。

俺はいつも通りレジの前で、おしゃれなじいさん店主に「ノストラダムスの大予言」を差し出すつもりだった。
ところがこの日レジにいたのは、つややかな黒髪を肩まで伸ばしたかわいらしい女性だった。

「ありがとうございます!110円になります」

ハキハキしているが耳障りではない少し低音ボイスが、俺の差し出した本の値段を告げた。
しっかりと客の俺を見る瞳は、落ち着いた色をたたえており、とても最近入ったバイトには見えない。じいさん店主の孫か何かか?

今一つ年齢の定まらない雰囲気を持つ女性である。
大学生が店番をしているようにも見えるし、小さい子供を持つ母親にも見える。もう一つ付け加えるならこの時代の人が持っていない落ち着きというか聡明さを感じさせる。静かだが意志の強さを感じさせる彼女の瞳がそうさせるのかもしれない。で、何歳なんだ?この人は?

女性とは全くもって分からない生き物だ。経験豊富なおっさんになってもな。

「電子マネーで…」と言いかけた俺を黒髪の彼女がさえぎった。

「これ、私の家にもあります。父のですけど」

量販書店にはない会話だ。レジに列をなしてないこじんまりした古本屋のなせる技だろう。

言うつもりもなかったのだが、彼女の「父の…」に呼応して俺も思わず口をついた。

「ああ、自分の親父もこの本持ってました。小さい頃読んで、何が書いてあったかなあと思って」

「知ってます?この本の裏話。なんで1999年7月だったか?」

見かけは落ち着いてみえるが、彼女は話好きのようだ。
俺は彼女の薄い唇に一瞬目がいく。と、それより「ノストラダムスの大予言」に裏話なんてあったか?1999年7月に理由なんてあったのか?単純にその裏話とやらが気になった。

「へえ、裏話?自分この本一度読んでるからネタバレでもいいから聞かせてよ」

黒髪の彼女の話はこうだった。

そもそもこの本の著者は売れる本を書こうとしていただけで、ノストラダムスの予言なんぞちっとも信じてはいなかった。この仕事をもらってすぐ著者の妻が不知の病で余命3年と医者から宣告される。それが1996年7月のことだった。それを知った著者は妻が死ぬ前に世界が終わってしまえばいいと考え、3年後の期日である1999年7月を予言の一部に記しその思いを本にこめた。

聞いてみれば何のことはない。割となっとく出来る話だった。いや、ちょっと待てよ、そんな個人的なことで著者は日本中を震撼させた大予言を世に広めたというのか?などとは、彼女には言わず「それ、初めて聞いたよ。なかなかの愛妻家だね」などと俺は当たり障りのないことを言って「電子マネーで」と言いそびれた代わりの110円を彼女に渡して店を出た。

帰り道。
黒髪の彼女の薄い唇から発せられる落ち着いた低音ボイスを思い出しながら、俺は千年堂書店のじいさん店主の存在をすっかり忘れていたのは言うまでもない。これからは週一で古本屋も悪くはないかなどと思い始めていた。

翌週、俺はまた千年堂書店に立ち寄った。
翌週と言っても俺が「ノストラダムスの大予言」を手にしたのが先週の金曜日だったので、今日は月曜日。つまりは3日後に俺はまた千年堂書店におじゃましていることになる。
特に目的の本があるわけでもない。俺はきょろきょろと店内に黒髪の彼女を探す。しかし残念、今日の店番は井口さんだった。ああ、井口さんとはじいさん店主の名前だ。さすがに本人の前で「じいさん」と呼ぶわけにもいかないので俺はいつも「井口さん」で通している。

井口さんと目が合った。今日も紐ネクタイに白シャツだ。

「しばらくです」

向こうから声がかかった。
実際に井口さんとはしばらくだ。俺は一番聞きたいことをシンプルに聞いた。

「先週のあの娘、井口さんの孫か何かですか?」

「えっ?誰です?」

「先週の金曜日にレジやってた黒髪の女性です」黒髪は余計か。

「え?先週?……んー金曜ねえ。金曜はこの店閉めてたよ。何かの間違いじゃない?」

俺は面食らった。
家に戻れば確かにあの時買った「ノストラダムスの大予言」が俺のノートパソコンの横に読みかけのまま置いてある。俺の顔に動揺の色を見てとったのか井口さんは、念のためといった感じでつづけた。

「先週の金曜ね。シェリーが急に食欲なくしちゃってさ、病院に連れて行ったんですよ。だから店は開けてません」

シェリーとは、井口さんの飼うヨークシャーテリアであることは俺も知っている。レジ横に鎮座する写真立てには、井口さんと愛犬シェリーとのツーショット写真が収まっている。なんでも生涯何度か毛色が変化する犬らしくヨークシャーテリアには珍しい白い毛並みをしている時の写真だった。
そのシェリーが病気で先週の金曜日は店を開けていないと井口さんは言っている。

俺が嘘をついていないことを証明するもの。
何かあるか……?
そうだ!あの時、俺は確か110円払って黒髪の彼女からレシートをもらっていた。財布をまさぐってみる。レシートなど財布のゴミにしかならないと普段思っている俺にしては珍しくそれはあった。今にも消え入りそうなインクで千年堂書店と書かれたレシートを井口さんに差し出す。

井口さんは、眼鏡のふちを左手で軽くおさえ右手に持ったレシートを覗き込んだ。レシートには販売日と時間が印字されているはずだ。
俺はもう少しで「ね!金曜日でしょ。井口さん」と勝ち誇った顔で言うところだった。言わなかったのは、井口さんの目がどんどん見開かれていったからであり、何やらぶつぶつ独り言のようにつぶやき始めたからだった。

「この日は…」

と言った井口さんはレシートを手にしたまま固まってしまい動かない。

俺も何がどうなっているのか分からず、一緒にレシートを覗き込む。

「1999年…」

やっとのこと井口さんから出た言葉が「1999年」だった。

レシートに印字されていた販売日は、1999年7月30日。古いタイプのレジのためか購入した本の名前は印字されていないが、「コショ 1テン 110円」となっていた。一体どういう事だ?

井口さんのつぶやきの冒頭に戻る。

「この日は、妻の命日なんです……でも何で…こんな古いものあなたが持っているのでしょうか」

それは俺も知りたい。

「この日は金曜日で、元気であれば妻が店に立っていたでしょうね」

感傷にひたる井口さんには悪いが、俺は俺で気になっている事がある。

「井口さん、このレシート。俺が先週の金曜にここで『ノストラダムスの大予言』を買った時のものです」

「そうですか。大予言…」

井口さんは金曜のことを否定はせず、しかし、強い口調で言った。

「…ノストラダムス、あんなの嘘っぱちですよ。1999年7月で終わりにならなかったじゃないですか…わたしがあんなに!…あんなに願って……」

レジの白いヨークシャーテリアの写真が、どこか泣いているように見えた。
井口さんに掛ける言葉も見つからず、いつしか俺は帰り道を歩いている。

どう解釈すればいいのだろう???
井口さんは先週の金曜日、店を開けていない。
しかし、俺は先週の金曜ここで黒髪の彼女に会い本を買った。
彼女が俺に語った裏話。
そして「ノストラダムスの大予言」。古いレシート。

小学生の俺は超常現象やらオカルトやらに興味があり、1999年7月に世界は終わると本気で信じていた。井口さんは世界の終わりを信じるというより、そうなることを願っていたようだが。

現実は時々予想外の事が起きて面白くもある。
もし今の俺が、小学生の俺に会うことがあれば、こう言ってやるつもりだ。

「ノストラダムスの大予言ははずれるかもしれない。いや、たぶんはずれるだろう。でもな、お前がおっさんになったらそれより不思議なことが起きる。きっとな。それまでつまらない人生をせいぜい楽しむんだな」

かくして予言はいつもはずれる。しかし、別の何かを連れてくる。

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