インターネットに未来は検索できない

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「インターネットは空っぽの洞窟」という本を10年以上前に読んだ。
インターネット初期の時代、ネット依存への警鐘を鳴らす米国の本だった。
ネット検索で引っかかるものはゴミ情報が多い、何かありそうに期待させて実は何もない。
インターネットは空っぽの洞窟と同じだと著者は述べていたように思う。
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【写真/2010年9月22日 中はからっぽの埴輪 – はにわ公園】


インターネットが普及した現代はどうか。
時間の無駄だと思うときもあるが、一瞬で価値のある情報が手に入るときもあるし、検索技術をある程度マスターしてしまえば、子供にだって大人顔負けの情報を手に入れることが出来る。
商品を買う、ホテルを予約する…流通の面から消費の面からインターネットはわたしたちの生活を変えてしまった。
10年前なら「インターネットは空っぽの洞窟」の著者に共感したわたしも、今なら「空っぽでもないよ」と言うだろう。
しかるにそれは、GoogleやYahoo!に代表される検索エンジンの技術によるところが大きい。
検索できなければ、現実世界同様にまわりまわってしらみつぶしに調べなければならない。
意外に意識せずに使っている検索サイトだが、これらがなければわたしたちは情報の山に立ち尽くすしかない。
ホームページを一軒一軒見てまわっていたのでは、ゴミの山をかぎ回ってため息をついているに違いない。
インターネットの情報には未来は載っていない。
いまTwitterでつぶやいたとしても、つぶやいた瞬間それは過去になる。
ブログだって動画だってニュースサイトの情報だって、それがどんなに素晴らしい情報であっても、どんなにつまらない情報であっても、過去の話だ。
まして将来のことをインターネットで検索したところで、何も見つからない。
インターネットに未来は検索できない。
ディスプレイに映し出されるのは、過去の情報しかない。
わたしたちは、世界の数%の人が書いた日記を読んでいるに過ぎない。インターネットに夢をみてはいけないと思う。
わたしはパソコンを使っているとき、ディスプレイから目を意識的にそらす行為が日常的になった。
外の景色や壁をみたりしている。
そんなとき頭に思い描くのは、自分の未来のことだ。外の景色や壁の先にじっと未来や将来のことを考えている。
ディスプレイを見ているときに、自分の未来に思いを巡らすことはないようだ。
インターネットは便利だ。
何でも検索できる。
ただし、自分の未来だけは検索できない。

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