ぼくん家のニワトリ

ゆでたまご_ぼくん家のニワトリ

わたしが小学生だった頃、父が突然、鶏(にわとり)を飼うと言い出した。
その当時、家に古い鶏小屋が一つあった。小屋の中は、がらくたで一杯だったように思う。
そのがらくた小屋(ニワトリ小屋)を手直しして飼おうということだった。

犬にしろ猫にしろ何か動物を飼うというのは子供心には胸が高鳴るのものだ。
まして鶏である。
わたしは当然新鮮な卵や卵かけご飯を想像した。
最近でこそ卵かけご飯を食べることは少なくなったが、小学生自分は、よく炊き立てのご飯の上に生卵を割って醤油をたらして食べていた。朝食としてこれはかなりのご馳走だった。
産んだ卵を早々に搾取される鶏さんたちには悪いが、わたしの頭の中にはすでに

鶏を飼う = 卵

という公式が成り立っていた。
もちろん毎日鶏に餌をあげる楽しみというものもあった。

確か父が買ってきた鶏は2羽だったと思う。
鶏たちがきた初日、わたしは嬉しくて夕ご飯前にも鶏たちを小屋まで見に行った。
生き物がそこにいるというのは、人間にとっては気になることなのだ。

翌朝悲劇は起きていた。
小屋の中は鶏の羽がちらかり、肝心の鶏たちは、体が引き裂かれ骨が見えた状態で横たわっていた。つまり死んでいた。
我が家の鶏小屋は1日でその役目を終えた。
多分猫が入れるような隙間が小屋の上の方かどこかにあり、入り込んだ上の仕業らしかった。

わたしは鶏を見ると真っ先に思い出すの事がこの一件である。
緑色の鉄網。父が鶏小屋の入り口の上部を緑色の鉄網で直していたことなども一緒に思い出す。
その日の朝は母や祖母も「あーあ」という顔をしていたかは分からないが、祖母が「もうらしい」(可愛そうという意味の長野の方言)と言った。

鶏というと、小学生の担任の先生が眼鏡をかけている理由が鶏だった。
一度先生がわたしたち生徒に授業中話してくれたことがある。

それは先生が小さい頃に自宅で飼っていた鶏を見ていた時の事だった。
先生は、鶏小屋の外側の網に顔を近づけて見ていた。
すると近づいてきた鶏が網の隙間から先生の目をつついたのだ。

「そのせいで小さい頃から眼鏡をかけています」

と先生は言った。
ああ、わたしも眼鏡になっていたかもしれないなあと小学生だった当時のわたしは思った。

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