いつもとは違う方法で帰省するという旅

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いつもとは違う方法で帰省する。それは、ちょっとした旅になることを発見した。
今回わたしは<自家用車を持っていない>という状況を考えた。
わたしは頭の中で考えたことを実践したくなるほうだ。早速、ゴールデンウィークの今日実践した。

ふだん、わたしは帰省に車を使う。自家用車で、そのほとんどを高速道路を走って茨城から実家のある長野に向かうのだ。所要時間は約4時間。休憩を入れずに高速を飛ばせば3時間で着いてしまう。
この慣れてしまえば楽な旅程を車を使わずに実践しようというのだ。移動には友人や家族の手を借りてはいけない。(と勝手にルールを決めた。もっともわたしには友人はいないが…)
まず、自宅から近所のバス停まで徒歩で行き、バスを降りたら電車を乗り継いで、目的地の長野に降り立つ。そこからまたバスに乗って自宅付近のバス停で降り、徒歩で実家に向かうという寸法だ。
わたしの住んでいるところも実家も田舎なので、JRでの移動を挟んで、徒歩とバスが2回づつ入る。リュックに3日分の着替えを用意して途中で読む本やパソコンを入れたらかなりの重さになった。

自宅から近所のバス停に向かう。
田舎は公共の交通機関が発達していない。市街地とを結ぶバスは、一日数本だ。

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車を持っていないと、近所のバス停までの道のりが難関だ。3キロ近く離れているからだ。
リュックを背負い、ついでにと思ってバス停の近くに住んでいる親戚にあげるため、朝採ったタケノコを手提げ袋に持って出発した。5月晴れの気持ちいい日だったので、重いリュックを背負って大きなタケノコ3本も持っていなければ、気持ちのいい散歩だったことだろう。3キロは、普段ジョギングやマラソンをしているわたしからすると短い距離だが、リュックを背負っていると道のりは遠く長く感じられた。小学校のときの遠足を思い出す。バス停までは、30分かかった。

バス停に着き親戚にタケノコを渡すと片手があいて少し身軽になった。バス停に着いたのはバス到着時刻の5分前。親戚と少し会話した。「これから長野に向かうんですよ」とわたしが言うと、「電車もたまにはいいよ」と親戚は言ってくれた。
親戚と別れてから10分。バスは来ない。わたしは心配になり、もう一度バス停の時刻表を確認した。もうすでに5分は過ぎている。親戚に別れ際にいただいたリポビタンDを少し焦りながら飲む。
到着予定時刻から8分。まだバスは来ない。バスを待つ人はリュックを背負った旅人風のわたし一人だ。本当にバスは来るのか心細くなってきた。親戚がまたわたしの前に現れたらどんな顔すればいいんだ、などと変な心配までしてしまう。
到着予定時刻から10分を過ぎた。わたしは「いやー。バス行っちゃったかなー」などとおどけてみせるような言い訳まで考えていたとき、当たり前のようにバスは来た。
バスに揺られて1時間。バスは、JR水戸駅に到着した。
ここからは、少し楽になる。今回は水戸ー上野間を走る特急スーパーひたち号に乗車した。指定席は取らずに自由席を選択。学生時代なら特急さえ乗らずに鈍行列車で行ったと思うが、今のわたしは時間の大切さも知っている。自由席はことのほか空いていた。立ち食いのそば屋のおばさんの話では、ここ数年ゴールデンウィークは暇らしい。今日はゴールデンウィークとはいえ平日なので、余計暇だそうだ。5月の3・4・5の3連休も昔程は混雑しないらしい。みんな電車を利用しなくなったのだ。きっと高速道路や空路が発達したせいだ。新幹線を使うより飛行機でいったほうが安い場合もある。電車は割高に感じるのではないだろうか。
余裕で乗車ができたスーパーひたち号の自由席で、車窓を見ているうち、わたしはいつしかうたた寝していた。寝ていても勝手に移動してくれるのは、車とは違い快適だ。もちろん、車でも自分が運転しない限りは寝ることが出来るが、電車の揺れというのは、気持ちのいいものだ。眠気をさそう。乗ったときに読もうと出した本もそのままに1時間と10分で電車はJR上野駅に到着した。
スーパーひたち号を降りた隣りが新幹線の乗り換え口だ。今回わたしが乗車するのは、上越・長野新幹線ということになる。
新幹線の方でもわたしは自由席を選択した。新幹線は、常磐線と違ってさすがに込んでいた。わたしは上野から乗車したのだが、新幹線の始発駅である東京駅で自由席に乗った乗客が多かったらしく、開いている席は一車両に5〜6席くらい。わたしは先頭に並んで自由席を待っていたため、なんとか座ることが出来た。家族での移動であれば大変だったろうと思う。まあ、お金を出して指定席を買えばすむことであるが。
新幹線は、東京発長野行きのあさま号だ。先程乗った常磐線のスーパーひたち号よりも揺れが大きく感じた。車内販売では、何も買わずに駅構内の売店で買ったビールとカツサンドを食べた。お酒を飲みながら移動できる電車は素敵だ。揺れも心地よい。新幹線という乗り物は、電車の中では高級、というイメージがわたしにはある。おバカなわたしは、勝手に偉くなった気になっていた。朝、バスが来るか来るかと心配していた弱気な自分はもういない。1時間30分で高級列車の旅は終わった。

長野駅に降り立つ。駅を出ると鳩が多い場所なのだ。長野駅前は。「キリストを信じなさい!」と叫ぶ街宣車が駅前に止まっており騒々しい。なぜ宗教にはまっている人は他人にも強引にすすめるのだろうか。駅前でマイクを使って叫ぶことではないように思う。この人が大声で叫んでいたせいで、少なくともキリストの印象は悪くなったと思う。
バス停に行き、発車時刻を見るとまだ1時間近くもあった。やはり田舎はバスの運行間隔が長い。もう少し遅く着いていたらバスが無い所だった。リュックを背負って街中を歩くわたしはとても帰省客には見えなかったろう。自分がリュックを背負っているためか、リュックの人に目がいってしまう。若い人でリュックの人は多いが、おしゃれリュックだ。しかも荷物があまり入っていない。わたしのようにキャンプをしそうで破裂しそうなリュック人は少ない。「おっ。いたいた!」とわたしのような雰囲気のリュック人を見つけると外国から来た旅行客だった。
時間をどう潰そうか、それとも2時間ほどかけて歩いて実家まで向かうか迷っていると、百貨店のつり下げ広告が目に入った。<母の日のプレゼント特集>ということで、リュックのまま百貨店に入る。そこは、地元長野では高級な百貨店で通っているところで、シャネルなどのブランドが入口から並ぶ。シャネルを素通りし、上階にある女性服売り場に行く。シャネルよりは低級なところだと思って行ったが、わりと雰囲気がわたしにそぐわない。一着1万円以上もするような服が普通においてある場所で、派手な赤いリュックをしょっているわたしは、ポロ・ラフルローレンの外人モデルが着る赤いポロシャツぐらいに目立っていた。わたしはあまり迷わないたちなので、店に入って一周もしない内に、すぐ母親へのプレゼントを決めた。店員に声をかけると怪訝な顔をされた。わたしは「サイズは他にありますか?」と聞いたのだが、日本語には聞こえなかったのだろうか。「プレゼントです」とわたしが言うと、店員は「何の?」という言葉こそ発しなかったが、「母の日ですか?」とも言ってくれなかったので、自分から「母の日デス」と外人っぽく言ってみた。もしかして母親ほどの年齢が着る服ではなかっただろうか。背中にリュック、手にはおしゃれなトートバッグを持ったわたしは、ゆっくりとバス停に向かった。
朝のバス停とは違いバスは定刻に到着した。バスに揺られること30分。わたしが通った小学校がある金井山(かないやま)というバス停で降りた。初めてのバスで降りるときは少し緊張する。なぜなら、バスには<次降りますボタン>が搭載されているからだ。わたしは、いつもこの<次降りますボタン>を押すタイミングがつかめない。
今回は、初めて乗ったバスということもあったので、なるべく早めに押そうと考えていた。
<かないやま>の「かない…」くらいのタイミングで押そうと思っていたら、「か…」と言った瞬間に他の人に押されてしまった。勝ち負けはないが、なぜか負けた気になる。他人に押してもらって降りるわたし…みたいな。
ちょうど降りた所が、通っていた小学校のところだったということもあり、ここは一つ小学校時代の通学路で帰ってみようと思い立った。
小学校時代なら30分以上は掛かっていた道も今では20分しか掛からなかった。
小学校時代にあった魚屋や宮林商店というお店も今はもうない。途中踏切があるのだが、最近廃線になってしまったため、線路自体が取り壊されていた。

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この踏切には、ちょっとした思い出がある。
小学生の頃にわたしと友だち2人の3人で、電車を止めた事件があるのだ。
ある日の帰り道、友だちと電車が止まったらどうなるか?ということで話をしていた。誰かが、「電車止めると、罰金がすごいんだぜー」ということを言った。じゃあ、本当に止めてみようぜー、ということになり(なぜ、じゃあなのかが、よく分からないが)電車が遠くに見えるとわたしたちは踏切のど真ん中で電車に向かい「おーい。おーい。」とか「ばーか。こっちに来てみろー」などと口々にさけんで電車を挑発した。わたしたちが、挑発せずとも電車はこっちに来た。そして、凄い音を立ててわたしたちの立っていた踏切を少しだけ越えて止まった。もちろん、わたしたちはその前に避けた。そのまま踏切に留まっていたら、わたしたちは電車に轢かれていた。わたしはここで重大なミスを犯してしまう。わたしは友だち2人よりも先に踏切の遥か遠くに逃げていたのだ。しかも、わたしは友だち2人が降りてきた車掌さんに叱られるのを1人見ていた。その事件からしばらくの間、友だち2人がわたしと口を聞いてくれなかったのは言うまでもない。電車を止める、友だちを裏切るという二重の過ちを犯したわたしを許してくれた社会と友だちには感謝したい。卑怯なことをしてはいけない、ということを当時のわたしは学んだ。

徒歩による移動:約1時間
バスによる移動:1時間30分
バスの待ち時間:1時間10分(あせった時間含む)
電車の待ち時間:40分
電車による移動:2時間40分

旅の合計時間/約7時間

車で帰省するより、3〜4時間ほど多く掛かった。
実家が見えると少し急ぎ足になり、玄関を開けると自然に「ただいまっ」が口をついて出た。

今回の帰省は、掛かった時間以上に中身の濃いものになった。
<いつもとは違う方法で帰省するという旅>でわたしが見たものは、今現在の景色と同時に思い出の景色だったようだ。
人生はまだまだ面白い。

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【写真/2013年5月1日 線路はつづくよどこまでも – 長野電鉄河東線】

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