「朝摘みレタス」なのになんで昼に摘んだんだ

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「人間ドック」ってなんだ?

健康診断に行った。
1時間程の検査を終えて帰り際、病院の食堂からいいにおいがする。思わずにおいの方向に行きかけると「人間ドック」の文字が。人間ドックを受診した方用の食堂だった。
わたしのは、ただの健康診断。残念。

そう言えば、検査終了後の食事が美味しい病院で人間ドックを受診する人もいる、と話を聞いたことがある。朝から何も食べていないわたしは心の中で「ちぇ」とつぶやきながら、「人間ドック」という言葉の違和感について考えていた。
なぜ「人間ドック」というのだろう?

「妖怪博士」の違和感

「人間ドック」という言葉を初めて聞いたのは小学生の時だったと思う。父親だったか母親だったかは忘れたが「今度、人間ドックを受けることになった」という会話をしていた記憶がある。
わたしがその時頭に浮かんだのは「人間」と「ドッグ」の2語だ。なぜか「ドック」が「ドッグ」になって「人間と犬」という文字に置き換えられていた。実際の画像イメージとしては「人面犬」が一番近い。
わたしの親が「人面犬」に!という感じで頭の中でへんな動物が吠えていた。そんなわたしは、いまだに「人間ドック」の意味が良く分かっていない。よく分からないながらも、強烈に記憶されている言葉というものがあることは確かだ。

小学校時代に良く読んだ江戸川乱歩の少年探偵シリーズも話の内容は忘れているが、タイトルが強烈だった。
「妖怪博士」「電人M」(電人ってなんだ?Mってなんだ?)、「人間豹」・・・
言葉の組み合わせに違和感があって、記憶に残るのだ。それにどこかおどろおどろしい。
以前わたしは、江戸川乱歩の本の表紙に描かれている絵が怖かった、と書いたことがあるが、よくよく考えてみると表紙の絵より「妖怪博士」などのタイトルの方が怖かったんじゃないかと思えてくる。
「妖怪」に「博士」は、普通の人なら組み合せない。

偽装表示は、しゃれと紙一重

わたしは読んだ事は無いが、野田英樹の「空、見た子とか」という本のタイトルを見て「してやられたっ」と感じたことがある。「妖怪博士」とは、また違った言葉の組み合わせだが、これも記憶に残る言葉だ。
忠告したのに失敗をしでかした相手に対して使う「そら見たことか」というマイナスイメージの言葉を、野田英樹は、ものの見事に「空、見た子とか」と、青い空の広がりを感じさせる言葉に置き換えてしまった。朗読するとどちらも同じ音であるところが面白い。

わたしの「人間ドック」のように意味が分からずに使っている言葉。「妖怪博士」のような違和感のある言葉。「空、見た子とか」のように読むと音が同じで意味が違う言葉。それぞれが妖しい魅力を放っている。

レストランの偽装表示ニュースでは、誰も言わないようだけれど、偽りの言葉に引っかかる方も悪いんじゃないかな、とわたしは思ってしまう。
「黒毛和牛」が「ただの和牛」でもいいじゃない。
「朝摘みレタス」を食べた事が無いのに「朝摘みレタス」の味は分からないでしょ。

そんなときは、「朝摘みレタス」なのになんで昼に摘んだんだ!と言うくらいのしゃれは持って欲しいと思ってしまうのだ。

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