「笑顔」
酢工場で働いていたとき、年長の先輩が皆に話してくれた。
「昨日、帰りの電車で近くに座ったガキが隣の母親に言ったんだ。『お母さん、酢昆布の匂いがするね』って。ちょっとして、酢昆布はオレのことだって気づいたよ。ハッハッハ」
先輩につられて私も笑った。一緒に話を聞いていた職場の同僚も笑っていた。
それから何年かして私は職を変えた。
家で風呂に浸かっているとき、あの日の先輩の話を思い出した。
「お母さん、酢昆布の匂いがするね」
子供の声とともに、かつての私の職場の光景が、酢昆布の匂いとともに蘇った。
そういえば、あのとき先輩は笑いながらもどこか寂しげな眼をしていた。
笑っていた同僚も私も、同じ眼をしていたんだと思う。
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