100m走も人生だ

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100m走はまっすぐだ。
スタートからゴールまでまっすぐなコースを走る。

今までの人生の中で100m走を何回走ったかは憶えていない。
たぶん、中学生か高校生のときに測った記録がわたしの中ではベストタイムだろう。ベストタイムの走りだったとしても、そのときの記憶はもうない。社会人になってからは、100m走というものから更に遠ざかっている。
100m走もマラソンも走ることに違いはないが、その道のりは異なっている。
マラソンは100m走のようにまっすぐでもなく、平坦な道でもない。じゃあ、<辛さ>はどうだ?マラソンも100m走も走っているときは辛いのだろうが、短距離での<辛さ>は一瞬だ。マラソンは、持続する<辛さ>とでもいおうか。
ただ、わたしはマラソンが上で100m走が下だと思っているわけではない。上も下もない。

マラソンは人生のようである、とはよくあるセリフだが、100m走もまた人生のようであると思う。
極めればどちらも大変なことだろうし、曲がりくねった長い距離を行くか、平坦な道を一瞬で走り抜けるかはその人が決めることだからだ。

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