【写真/2013年10月5日 ムンクは叫ばない】
わたしの祖母は、亡くなる1年ほど前から記憶がおかしくなった。
祖母からすればわたしは孫だ。
しかし、祖母はわたしを死んだ実の弟と間違えるようになった。
盆正月は実家に帰省し、祖母に会う。
わたしは普通に祖母と会話しているつもりだったが、突然「畑はどうした?」と言われることがあった。
わたしが祖母の弟になる瞬間だ。
祖母はわたしを祖母の実家に住む弟と間違えているのだ。その弟はすでにこの世にいない。
この世にいない人とわたしは間違われているわけだ。記憶とはなんだろう、と思った。
祖母とは時々帰省したとき少し会話をするくらいだ。いつも一緒にいるわけではない。少しくらい会話がかみ合わなくても問題はないのだ。
そう考えると、いつも祖母と一緒に暮らしていた母はさぞかし大変だったろう。
わたしは気楽なもので、記憶がおかしい祖母との会話を楽しんでいるところもあった。朝は孫だったのに昼には弟になる。その日のうちでも祖母の記憶は時間を自由に旅した。「畑はどうした?」と言われてこの場合わたしは何と答えればいいのだろう。悩みながら、面白くもあった。
わたしは祖母からすれば孫なのだが、わたしが祖母の記憶にある「弟」ではない証拠はどこにあるのだろう。きっと証拠はどこにもない。記憶とはそういうものだ。だから祖母は記憶がおかしくなる病気などではなかったのだ。
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