最近の感動させる系の映画や小説は一様に登場人物の一人が
余命〇年
とかの設定になっている。
判で押したように似たような設定なのは芸がないが、ともかく「余命宣告」という条件が感動させる話の一つの要素として重要なのだろう。
でもよく考えてみれば、人は誰でも「余命X年」である。
そのXに何が入るかは人それぞれ違うだけで、ある意味人は誰でも生まれた瞬間に余命宣告を受けているようなものだ。
Xの値が分からないから、人は何とか正気を保って生きていられるのだと思う。
でも医者に「余命半年です」と言われても、きっちり半年後に死ぬわけでもない。
実際にはそれより早く死んでしまう人もいるし、もっと長生きする人だっている。
結局、余命宣告というのは、いいかげんだ。
冒頭の感動させる系物語の中で余命宣告を受ける人物は、得てして「若い人」である。
けっして年寄りではない。
100歳くらいの老人が「あと半年の命です」などと医者に言われて、最期までの残された日々を過ごす、といった話を映像化しても大して感動しないに違いない。
ジジババは 余命宣告 いたくない


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