黒コショウ味に乾杯!
「へ?どういう事?」
段ボール箱の底をのぞきこみ、梶山博昭はひどく落ち込んでいた。
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3時間前にさかのぼる…
◆
田舎の県道沿いにあるスーパーマルハシ店内。
午後4時をまわったところ。一日で一番忙しい時間帯だ。
品出しをする店員も客の合間をぬいてきぱきと動いている。
特売品に目を凝らす客の一人として、竹内仁美はお酒のコーナーで葛藤していた。
昨日飲んだ本生ドラフトは今一つだったから、今日は本日特売の麒麟淡麗にしてみるか。仁美は一人ほくそ笑んだ。
仁美の毎晩の楽しみは、仕事を終えて飲む自宅での一杯だ。
しかも今日は金曜日。
明日の仕事を考えなくていい分、いやでも心がウキウキしてくるではないか。
つまみはスナック菓子にでもしようか。ポテトチップスの小袋がいいな。あっ、この明太パンチ味にしよう!
週末の事も考え、こまごましたものを適当に買っていたら、持っていたエコバックの容量をかるくオーバーしてしまった。段ボール箱もらっていくか。どうせ車だし。
適当な大きさの段ボール箱は得てして取りにくい位置にある。
五段くらい積み重なった一番下の黒コショウ味と書かれた段ボール箱がベストだと判断する。
「えいやっ」と勢いよく引き抜くと上にあった四段がそのまま下に落ちた。
手にした段ボール箱をのぞきこみ、仁美は驚いた。
黒コショウ味の段ボール箱の底に、黒コショウ味があった。
先ほど仁美が買った明太パンチ味の姉妹品だろうか。
ポテトチップス黒コショウ味と書かれた袋が段ボール箱の底に一つ入っていた。品出しの係の店員が取り忘れたのかもしれない。
ラッキー!と喜んで持ち帰る輩もいるかもしれないが、仁美はそこまでワルじゃない。持ち帰って晩酌のおともなどにしたら、後ろめたさから不味い晩酌になりそうだ。
すぐに仁美は黒コショウ味の袋を取り出し、近くにいたレジ店員にそのことを伝えた。
「ありがとうございます!」
実習生らしき若い店員の男の子は、さも自分が貰ったようにハキハキと答えた。
彼の返事に満足した仁美は、くるり踵を返し出口へと向かった。
冒頭に戻る…
◆
「へ?どういう事?」
確か一番下に置いたよな、俺。
いやまて、この箱黒コショウ味じゃないじゃん!黒ゴマ味じゃん。
誰だよ、段ボール箱一番下から取った奴!
梶山博昭はスーパーマルハシに務めている。
仕事は品出し係。
時給の850円は半年程前から変わっていない。
給料は安いが毎晩の晩酌はやめられない一庶民である。
博昭は最近、品出し係のひそかな楽しみを発見した。
品出しの最中、晩酌のあてに合いそうな商品に目星をつけて一個だけ段ボール箱に残しておくのだ。
品出しが終わって用済みの段ボール箱は、客が自由に使えるスペースに積み重ねる決まりになっている。
客は基本的に一番上の段ボールから取っていく。
博昭は、商品を一個残した段ボール箱をその一番下に置くことにしていた。
終業後、「段ボール一つ貰いますねー」などと言ってさりげなく目当ての段ボール箱を持ち帰るのだ。
傍目には空の段ボール箱を持ち帰ったようにしか見えないので怪しまれることもない。
もちろん毎回そんなことはしない。たまに、本当にたまにするだけだ。
「段ボール何に使うの?」と同僚に聞かれたら「オークションで売れちゃって」などと答えればいいと考えている。
博昭は落ち込んでいた。
別に黒コショウ味が無料で欲しかったわけではない。
自分がひそかに置いた段ボール箱で商品がゲット出来る。変な話だが妙に達成感があるのだ。
自分の力でゲットした商品を口にしながらの晩酌ビールは美味く感じる。それだけだ。
今日は成功しなかった。
ぷしゅー、という音と博昭の溜息はほぼ同時だった。
◆
ぷしゅー、仁美の部屋に音がした。
黒コショウ味の段ボール箱を見ながら仁美はちょっとだけにやついていた。
ゴクリ、いつものビールも美味しく感じられる。
さっき段ボール箱に残っていたポテトチップスの袋を店員さんにあずけた。
ああいうのってこっそりくすねちゃう人もいるだろうけど…私はいい人だからね!
仁美は何か良いことをしたような気分になっていた。
今日は気分がいい。
明太パンチ味最高!!今度は黒コショウ味でも試してみるか。
ぷはーー-、自分に乾杯!
◆
スーパーマルハシのバイト実習生大島芽生は、ポテトチップス黒コショウ味に舌鼓をうっていた。
このポテトチップスは、今日客の女性が段ボール箱を持ち帰ろうとした際、箱の底に一つだけ残っていたものらしい。女性から報告をうけた実習生大橋芽生は、すぐに店長に伝えた。
「忙しくて取り忘れたんでしょ。一袋なら大橋君、君にあげるよ。僕からのプレゼント!君よくやってくれてるから。」
突然の展開に芽生は驚いたが、店長がさりげなく褒めてくれたことが嬉しかった。
声が大きくなったのは、ポテトチップスを貰った事より、仕事ぶりを褒められたことの方が大きかったかもしれない。
「ありがとうございます!」
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溜息と笑顔が入り乱れ、田舎の夜空へ消えてゆく。
今宵、三人に……いや、黒コショウ味に乾杯!
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