おかえし

長崎瞬哉(詩人)

お盆が近づくと思い出すことがあります。

それは地域の盆踊り大会での出来事です。たしか私は小学校5年生くらいだったと思います。

毎年8月13日に近所の神社では、盆踊り大会がありました。盆踊り大会といっても地区の老若男女が盆踊りを踊るだけの集まりです。

その日私は、母と妹と3人で盆踊り大会に行きました。

その年もいつも通りの盆踊り大会でした。

盆踊りが終わると子供達に花火とアイスが配られます。
盆踊りをして最後に友達と花火をして、一緒にアイスを食べて終わり、という流れが地域の盆踊り大会でした。

花火やアイスは、配り始めたらすぐに取りに行かないと自分の好みのものをゲットできません。とくにアイスが入った段ボール箱が登場すると、子供たちは我先にと走りました。

私も小学校3年生くらいまではアイスが登場すると走り出していましたが、高学年ともなると少し恥ずかしいという気持ちが働くのか最後に残ったアイスから選ぶようにしていました。

その年私が手にしたアイスは、「みぞれ」とパッケージに書いてある赤いかき氷のカップアイスでした。子供には一番人気のないやつです。

その日、私はアイスよりも大事なことがありました。夜9時5分から始まるテレビのお笑い番組です。いつもなら友達をふざけあってアイスを食べてから帰宅するのですが、お笑い番組の時間が迫っていたため、アイスを受け取った私は「先に帰るね!」と母と妹に告げ家に向かって走り出しました。

朝起きたときに「盆踊り大会でもらったアイスを食べながらお笑い番組を見る」と自分の中で心に決めていたのです。

神社から自宅までは歩いても3分ほどです。
走って帰るほどでもなかったのですが、私が走り出したのには理由があります。

神社を出て少し行った先にあるお墓の前を、夜通ることが怖かったのです。
前の晩、父に「あそこは昔からでるんだよ…幽霊が…」と脅されたからかもしれません。

神社を出た私はお墓の前を走りました。
お墓を過ぎると十字路があり電灯がわずかながら道を照らしています。その夜、電灯に照らされているのは道だけではありませんでした。

人がいました。
十字路の真ん中に私と同い年くらいの子供…女の子が一人ぽつんと立っていました。
女の子は後ろ向きなので顔はわかりません。

不思議なのは女の子は歩いているのではなく、ただ十字路の真ん中に立っていたことです。

昼間でも十字路の真ん中に立ったままいる人はいませんが、時間が時間だけに私はその女の子の存在を気持ち悪く感じました。

人を待っているのでしょうか。母や妹がそこに立っていたのなら、私を待っているのだと考えることができます。でも知らない女の子が夜中に十字路で立っているのです。
動かないで立っている女の子の背を見た私は、心臓をきゅっとつかまれたように感じました。

十字路を右に曲がり、5軒目が私の家です。
家に帰るには、私は十字路に立つ女の子の横を通り過ぎるしかありません。

私はいつの間にか歩いていました。怖かったお墓の幽霊のこともすっかり忘れていました。それより目の前の女の子です。

近づいていくとその女の子は、私のようにカップアイスを手に持っていることに気づきました。

(なあんだ、同級生かな)女の子の浴衣の柄が赤い朝顔だと分かるくらいまで近づいた私の耳に低い声が聞こえてきました。

「・・ナイ・・タイナイ・・タリナイ・・・」

その女の子がつぶやいていたのです。

横顔を見てわかりました。私と同じクラスのシノノメキョウコさんでした。

シノノメさんのことはよく知っています。学校では変な子という扱いでした。

何が変かというと、休み時間に教室の隅をじっと見て何かつぶやいていたり、給食の牛乳を50回くらい振っただけで飲まなかったり…とにかく変なことをする子でした。
私もシノノメさんとは、これまでに3回くらいしか話したことがありません。

いつもなら無視して通り過ぎるのですが、十字路の女の子が幽霊ではなく同級生だったことで少しだけ心に余裕ができたのでしょうか。

私はシノノメさんに話し掛けていました。

「どうしたの?」

シノノメさんの首だけが私の方にゆっくり向きました。「タリナイ・・」

「何が足りないの?」

「アイス」

「えっ?」

「・・アイス・・オトウト・ノ・・・」

弟の分のアイスを持って帰ろうとシノノメさんはしているようでした。でもシノノメさんが手に持っているアイスは1個だけ。

私は自分としては、ハズレの部類に入る「みぞれ」のカップアイスをシノノメさんに手渡していいました。

「これ、好きじゃないやつだからあげるよ」

シノノメさんは私を見て驚いたように目を丸くしました。シノノメさんの目はどんどん大きくなっていきました。
暗かったからでしょうか、シノノメさんの目は黒目だけのように見えました。

アイスをシノノメさんに渡した私は、「お笑い番組」のことをはっと思い出しました。

家に帰った私は、アイスなしでお笑い番組をみたんだと思います。お笑い番組が面白かったかどうかはもう忘れました。

翌朝のことです。

母が玄関の掃き掃除をしていると「なにこれ?ちょっと来て来て」と私たちを呼びます。

かけつけると、母は「みぞれ」とかいてあるカップアイスを持っていました。

中は赤い液体で満たされています。季節は夏です。
アイスの中身が溶けてしまったのでしょう。赤いかき氷は赤い液体となっていました。

不可解なのは、「おかえし」と書いた紙がセロテープで貼り付けてあったことです。

私はすぐに昨日の夜十字路に立っていたシノノメさんの後ろ姿を思い出しました。

母の手からカップアイスを奪い取ると、私はいいました。「たぶん、昨日アイスあげた同級生かも」

母は「ふーん」といってそれ以上追及しませんでした。小学生のすることにいちいち構っている母ではありませんでした。

手にした「みぞれ」のカップアイスにはどこか違和感がありました。

こんなに赤かったっけ?

私は「おかえし」とかかれたアイスのふたをあけて匂いを嗅いでみました。

思わず私は「あっ」と叫びました。

それはまぎれもないの匂いでした。

その時、気づいたのです。シノノメさんの弟は昨年亡くなっていたことを。

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