SEIYUと格差社会

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先日、SEIYUという日本に昔からあるスーパーに買い物に行った。
レジ待ちをしているとき、ふと自分の真後ろのレジを見た。店員さんが操作しているディスプレイを見るとウォルマートの文字がある。
SEIYUが米国のウォルマート(スーパーで最大手)と資本提携していたことは知っていたので、驚きはしなかった。それよりもレジの操作がアイコンになっていることにわたしは驚いた。

昔のレジ打ちのイメージは、商品の価格をテンキーで打ち込んで合計を求めるイメージだ。田舎の小売店ではいまだにこのレジは存在する。(ちなみに、わたしの近所のガソリンスタンドではそろばんを使っているところもある。)
レジが進化してPOSシステムという商品についたバーコードを読み取るシステムに変わった。これなら商品の価格を打ち込まなくても済むので間違いも少ないしレジの流れも速くなる。時々はバーコードが読み取れないことがあり、その時ばかりは、店員さんが商品の価格をテンキーで打ち込む。
今回わたしが見たSEIYUのウォルマートレジシステムは、商品を表すアイコンがディスプレイに表示されていて、店員さんはそれを押すシステムになっていた。
ほうれん草ならほうれん草の絵のボタンがある。子供でもわかるようなシステムだ。
以前IT企業の社長さんから聞いた話を思い出した。

「これからは、算数出来なくても仕事ができるようなシステムにしていくよ。だって学生は、考えること出来ないもん」

IT技術によって生活が便利になったり、わたしたちの仕事が楽になった。どちらかと言うと考えなくても生活できるような仕組みになった。わたしからすれば、楽になったというよりも考えなくてすむバカを増やすことになったような気がする。
スマートフォンでもおなじみになったアイコンをパソコン上で初めて採用したのは、アップルのMacintoshだ。分かりやすさからすれば一般の人にもコンピュータを根付かせた功績は大きい。アイコンは、パソコンだけでなくあらゆる分野に広がっている。わたしが見たウォルマートのレジ打ちのシステムもアイコンだった。もっともアイコンさえ使わずに、無人のスーパーを営業させようと思えば出来る技術が現代にはある。

ここ何年かよく耳にする<格差社会>とは、システムを作る側の人とシステムを使う側の人の差なのかと思う。
ただ、システムを作る側が上でシステムを使う側が下だと言い切れるものではない。

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