本の感想:ユリゴコロ/沼田まほかる

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『ユリゴコロ』とは、著者の造語だ。
読み終えた後、なぜかこの言葉が心をとらえて離さない。
ユリゴコロ
沼田まほかる(著)
ユリゴコロ
末期がんが発覚した父。父を看病していた母もあっけなく交通事故でこの世をさってしまう。
たまたま父の見舞いに立ち寄った主人公だが、実家に父はいない。
主人公が父の書斎に入ると、ふだんは開いていない押入の戸が数センチ開いているのに気づく。
物語はホラータッチで始まる。

沼田まほかるの描く人物をみていると、自分の心がえぐられるような感覚になる。
心ない殺人鬼がその真情を吐露するさまは、なぜか自分もそうであったかのような感覚に陥るのだ。
わたし自身が、殺人を犯していないにも関わらず、だ。

この「殺人者=自分」かもしれないというそわそわとした感覚が沼田まほかるの魅力かもしれない。
主人公は父の書斎の押入れで4冊のノートをみつける。
ノートには恐ろしい内容が淡々と誰かの手で書かれている。
「ノートを書いた人物は誰であるのか?」に焦点が当てられるが、読者の予想は何度も裏切られる。
4冊の手書きノートの結末と『ユリゴコロ』の結末はある意味同じだ。
本書『ユリゴコロ』を読んで、わたしが最後に思い浮かんだ言葉は、「愛」という文字だった。

手書きのノートは恐ろしい。
わたしは、あるノートのことを思い出した。
小学生時分、大晦日の大掃除でわたしはゴミを燃やしていた。
そのときゴミにまぎれて父が書いたノートをみつけたことがある。
そこにはわたしにとっては良いことも悪いことも書かれていたのだが、それを捨ててしまおうとした父の意図はどこにあったか今でも分からない。

このことをわたしは父にも話したことがない。
今でも父は生きているので、そのことを父に話そうと思えばいつでもできる。
しかし、わたしは問いただす気にはなれない。
そんな気持ちが『ユリゴコロ』かもしれない。

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