本の感想:オレンジガール

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オレンジガール
ヨースタイン・ゴルデル(著)
「この世でぼくたちの生は、この一回限りだ」
という帯の言葉につられて買った。
本の色が鮮やかなオレンジと黒だった点も購入動機に入る。きれいな本だ。
オレンジガール

いまのわたしたちに必要なことは、もしかすると、少しばかり相手に対して憧れの気持ちをもつことかもしれない。

わたしたちは、おたがいの過去を共有することはできないのよ、ヤン=オーラヴ(注:主人公の父の名前)。問題は、おたがいの未来を共有できるかどうかってこと

この物語に登場する魅惑的な「オレンジガール」の言葉は爽やかでいてどこか考えさせられる。


「小説の形をとったヤングアダルト向けの本」がこの『オレンジガール』だ。
原題はノルウェー語で「Appelsinpiken」となっている。
そのまま訳せば、「オレンジ女の子」となるらしい。やはり「オレンジガール」だ。
実際にオレンジガールはこの物語に登場する。
若くして亡くなった父からの手紙が、15歳の主人公「ぼく」のもとに届く。
その手紙には主人公の生い立ちや父にまつわる物語が書いてあった。
そして父は「ぼく」にある重大な質問を投げかける。
物語の前半で父から質問があることを主人公の「ぼく」は知る事になるのだが、この質問がなかなか出てこない。
そして物語の冒頭から登場する謎につつまれた魅惑的なオレンジガールは、一体何者なのか?
手紙を読む主人公の「ぼく」は15歳。父がその手紙を書いたのは「ぼく」が4歳の時だ。
「時間とはなんなのだろう?」
父からの手紙には頻繁に哲学めいた質問が投げかけられる。
著者のヨースタイン・ゴルデルは、哲学者だ。
わたしはまだ読んだ事がないが、題名だけは知っている小説に世界中で話題となった『ソフィーの世界』がある。
実はこの本もわたしは持っているのだが、まだ読んでいない。
人生の中では、買ってからすぐに読む本と、時間が経ってから(かっこ良くいうなら、機が熟してから)読む本とが、あると思う。
『オレンジガール』での父からの手紙も「機が熟してから」の部類に入るのではないだろうか。
なぜなら、4歳のときの主人公にはとても理解できない話であるから。
主人公や手紙の中の父親の言葉は、自分自身の内面について考えさせられるものが多い。

一生のあいだ、自分たちが宇宙空間に浮かんでいることを悟らないまま生きている。でも、世の中には頭を使わなければいけないことがあまりにも多いから、自分の見た目を気にするだけでも精一杯なのかもしれない。
どんな物語にも独自のルールがあるものだ。そう、ある物語とほかの物語のちがいは、まさにこのルールのちがいと言っていいかもしれない。
わたしはいまでも、自分はほかのだれも見たことがないようなものを見てきた、と感じている。
死にぎわに、インターネットやかけ算が使えなくなるといって泣いた人もいない。人が別れを告げるのはこの世界であり、人生であり、物語なのだ。

「この世でぼくたちの生は、この一回限りだ」
何度か物語に登場するこの言葉は宇宙・恋愛・生と死といった脇役を伴って、もうひとりの主人公であるわたしたち読者に向けて放たれている。
父からのある重大な質問に主人公の「ぼく」は最後に答える。
父からの質問に答えて父と二度目の再会をしたあと、主人公の「ぼく」は読者に向けてエールを送ってくれている。
そのエールを最後に読んだとき、何も思わないか、あるいは感謝にむせび泣くかは、読んでいる人の「今」なのだと思う。
題名どおり爽やかな本だ。

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