想像を絶する世界

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たぶん大昔には想像出来なかった世界。それが、今わたしたちが目にしている世界だ。
Kobe in Japan
【写真/2011年10月10日 神戸ポートタワーから見た景色】


こんなことを考える。
わたしは車でドライブしている。
車窓を見ていると、自然以外のものは全て人間が作ったものである。
標識も、店の看板も、電柱も、コンビニも、遠くに見える工場の煙突やビルだって人間の作ったものだ。
車を移動させている道路だってそうだ。
わたしが乗っている車だって人間の発明であり、製造したものだ。
わたしが乗っている車は戦国時代のどんな速い馬よりも速く走ることができる。
織田信長や豊臣秀吉だって移動したことのない速さだ。
その当時の人が見たら現代は想像出来なかった世界だろう。
現代人が使う機械などはまるで魔法のように見えるかもしれない。
想像する方が無理だ。
でも全て人間のやってきたことだ。
…こんなことを考えて不思議な気持ちになる。
ところで、現代からまた100年後の世界はどうだろう。
わたしたちが想像することすら出来ない景色が広がっているかもしれない。
1年、2年という期間では景色も生活もそうは変わらないが、100年、200年となると景色が変わる。生活が変わる。
こうしたことがずっと人間の誕生から続いてきたのだと思うと、わたしの心は太古の昔からの記憶を背負っているのではないかと思えてくる。
なぜなら、100年前、1000年前にわたしは生きてはいなかったが、100年前や1000年前の想像をすることは出来るから。
「わたし」という人間がこの世からいなくなったとしても、目だけはこの世に残してその移ろいゆく景色を見つめ続けていたいなあと思う。

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