寄付したわたしが救われる

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わたしはもう10年ほど寄付をしている。
宅急便を使って、自分に必要のなくなった衣類や余った文房具などを送るのだ。

宛先は、ある教会だ。
以前はその教会のホームページも存在していたのだが、いつの間にかなくなってしまった。それでも定期的に(一年に一度ほどは)寄付をしている。寄付をした相手からこれといって返事が届くわけでもないのだが、今まで寄付した品で文句を言われたこともないので、少しは役にたっているのかもしれない。(そう思いたい)

寄付という行為は、無償の行為だといわれている。
寄付をしたこちらが、何かもらえるわけでもない。特にわたしの寄付の場合は、相手の顔も見えないため、「ありがとう」さえ言われない。それでもわたしとしては満足だ。
物が減って、気持ちがすっきりする効果も大きい。
同じものでも、「捨てる」という行為より、「寄付する」という行為の方が、心が痛まない。
「捨てる」と言う行為は、物を無駄にした、という心持ちになってしまうからだ。
本当は、寄付をしているわたしのほうが救われているのかもしれない。
自分の寄付した物がどうなったか。
見てみたいような、見たくないような。

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