宇宙のゴミ
長崎瞬哉(作)
「ついに完成したぞ!」
「やりましたね博士。ついに人類の夢が実現するんですね。わたしは感動で前が見えません!」
「ああ、私はこの研究にほとんど生涯を費やしてしまったようだ」
博士の頭には、近ごろ白いものが多くなっていた。
「でも、これでわたしたち地球人は、長年のゴミ問題から解放されます。博士の偉業はノーベル賞ものだと思います。はい」
「うむ」
博士もまんざらではない様子だった。
博士はさっそく完成したばかりの装置を起動させた。
ウイィィィィィン。
短い起動音とともに装置の中に入っていた博士と助手が昼食に食べたハンバーガーの残りと使い捨て容器が姿を消した。
「成功です!博士!」
博士の目には涙が浮かんでいた。
博士は、一時的にブラックホールを作る装置を作り上げたのだった。装置の中にできたブラックホールに吸い込まれたゴミは宇宙に開いたホワイトホールから吐き出される。ブラックホールからホワイトホールまでの距離は装置についている目盛りで調整ができるようになっている。目盛りの位置は最低で10億光年となっているため、消えたゴミが人類の目に触れることはまずない。今頃博士と助手が食べ残したハンバーガーが、どこか遠い宇宙を漂っていることだろう。博士と助手は目を合わせ、うなずいた。
博士の研究はまたたく間に世界中に知れ渡った。各国協調のもと、<地球クリーン団体>が設立された。博士の試作した装置は電子レンジくらいの大きさだったため、家庭用なら問題ないが、産業廃棄物や放射能に汚染されたゴミを消す事はできない。<地球クリーン団体>は、野球場ほどの大きさに装置を巨大化した。これならどんな大きなゴミも危険物質も宇宙に安心して捨てることができる。
西暦2850年、博士は<ノーベル地球賞>を受賞した。人類初の受賞だった。
西暦2000年前半から始まった地球規模の環境汚染は、大地だけでなく人類をも巻き込んでいた。大量消費社会が生んだゴミの処分により発生したガスが地球に充満し、地球の空気を汚していた。直接地球の空気を吸いつづけることがどんなに身体に悪いことなのか、今では幼稚園でも教えている。生まれたばかりの子供たちは、汚染した空気からの影響が大きいため、生まれるとすぐ防護カプセルに入れられた。小さな子供たちにとって、地球の空気はあまりにも汚れすぎていたのだ。ちょっと外にでるにも人類はマスクをつけるしかなくなっていた。しかし、マスクは使い捨てであり、そのマスクも日々大量のゴミとなっていた。
「もう、このマスクともおさらばだ」
「はい、博士。わたしは最近、地球の空気がおいしく感じられます」
ウイィィィィィン。
人類は博士の研究の成果である<巨大ブラックホール装置>を使って、どんどん大量のゴミを宇宙に捨てていった。
最初のころは、毎日フル運転していた<巨大ブラックホール装置>もここ最近では、一日おきに動くようになっていた。なぜなら、今では各家庭にも電子レンジくらいの大きさの小型の装置がそなえつけられるようになっていたからだ。
一見、地球上のゴミ問題は解決したかのように思え……………………。
「うーん」
トモヤは、ここで頭をかかえた。
国語の自由課題は、「物語を書こう!」だった。夏休みはあと2日でおわる。できれば今日中にこの課題をおわらせたい。トモヤは、またもや「うーん」とうなった。以前、父からかりて読んだSF小説では、人類が最後に手痛いしっぺ返しをうけるようになっていた。<突然、博士の頭の上からハンバーガーのゴミが落ちてくる>なんてのは、ちょっとありきたりだろう。トモヤの時間は、刻一刻と過ぎていく。
そろそろ息苦しくなってきた。今日はいつもより空気が澄んではいるが、マスク1枚では一日ともたない。トモヤは、今日2枚目のマスクを手にした。新しいマスクをつけると、息ぐるしさは少しだけおさまった。トモヤは使いおえたマスクをごみ箱に投げいれた。気がつけば、午前10時をすでにまわっている。電気は午前10時から午後10時まで使うことができる。トモヤはほっと息をついた。やっと空気清浄機を使うことができる。トモヤは、生まれた時からぜんそくをかかえていた。
昔は一日中電気を使うことができた、と父が言っていたことがある。現代は、人類がだしたゴミの処理に使う電気が増えたため、家庭用の電気を使う時間は減らされる一方だ。
トモヤは、空気清浄機のスイッチに手をかけた。
ウイィィィィィン。
いつもの音が、部屋中、いや宇宙全体にこだました。
(おわり)
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