ネットでは世界中の人とつながり合えない

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アイキャッチ未登録画像 そういう気持ち

ネットを使えば、世界中の人とつながり合える。
以前よく聞いたこのセリフ、本当だろうか?

うすうす感づいてはいたが、これはかなり危険な状態だと思い手遅れになる前に書いておこうと思う。以前ならネットでいくつかのキーワードを並べ立て検索するとわたしが検索しても知らない誰かが検索しても同じ検索結果が画面に表示されていた。

いつの頃からか、同じキーワードを使ってもわたしと他の人では、検索結果が違っていることに気づいたのだ。

そりゃそうでしょ、だってGoogleをはじめネットサービス会社は、毎日毎日あなたのネット上の行動を監視して記録して、あなたの好きそうな情報を表示するように仕向けているのだから。

とその辺の情報に詳しい人からは、当たり前だと豪語されるかもしれない。

ただ、怖かったのは、自分自身が同じキーワードで同じ日に検索しても時間帯によっては検索結果が変わっていくのだ。わたしが今日見たおすすめリストは、明日見ることはできない。わたしが見ているおすすめリストは、他の人には一生表示されないものかもしれない。もちろん、家族の誰かが見ているニュースフィードは、わたしには一生見ることの無いものかもしれないのだ。
これは一体どうしたことだ。

以前なら同じテレビ番組を見て友達や家族と共感できたような事が、ネット社会では無くなりつつあるのではないか。だって、同じチャンネルにアクセスしても一人一人が違うものを見ているのだから。

YouTubeのおすすめにしても、LINEニュースにしてもあなた向けにカスタマイズされた情報しか表示されない。強制的に偏った情報を見せつけられている、と考えては行き過ぎだろうか?人間は感情で動いている。プログラムが作ったおすすめリストやニュースフィードに対して、我々の感情の起伏が起きているのは、プログラムが人間でないだけに怖いのだ。プログラムに悪気は無くても我々はプログラムが作った情報に触れ、笑ったり悲しんだり怒ったり喜んだりしている。

今見ているそのニュース記事は、本当に人間が作ったものだろうか?
それを知る術をわたしは持っていない。

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